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富田鉄之助・著『錦を着た乞食人』

 1978年出版の富田鉄之助による『錦を着た乞食人ホカイビト—被差別歌舞伎論』という絶版本が図書館にあり読んでみました。江戸時代の幕府による政策や厳しい身分制度から明治の文明開化、そして現代(昭和)まで、歌舞伎という芸能がどのように政府・為政者によってその内面的な質を変化させられてきたという歴史論を扱った読み応えのある本です。そして、ここまで読めない漢字、初めて見る漢字が多い本もはじめてで、少々はずかしい思いもしております。

 著者の富田氏は前進座の演出部にて「約20年」勤務した後、執筆当時は国立劇場芸能部制作室に勤務していらした方だとのこと。

 この本はけっして歌舞伎役者の出自が「被差別民」であるというものではなく、上記のとおり、身分制度の名の下、江戸の中心地ではなく「悪所」と呼ばれた特定の地域でのみ興行を許された差別される側(制度上は賤民扱い)であったという意味合いです。この本では触れられてはいませんが「屋号」というものもそういった状況で生まれたものではないかと想像しました。

 個人的に認識を改めたのは明治期の團十郎らによる演劇改良運動が役者によるものだとばかり思っていたことが、明治初期に海外視察をした政治家らに影響された政府から国民の手本となるよう求められたことに起因したいたという部分でした。文楽はどうだったのかは分かりませんが、なるほど劇場が学校で役者は先生のような役割を担うべきである、と国から命令されたら『假名手本忠臣藏』七段目でお軽が梯子をおりる時に由良之助がお軽のあそこが見えてる、なんて言えるワケがありません。

 また戦後、フォービアン・バワーズが「歌舞伎を救ったアメリカ人」と言われている件についても同氏への賛辞抜きにごくごく限られた紙数にて実は進駐軍が「仇討ち」に見えるような演目について、そういったことを行動に移そうという視線で日本人の観客が観ていたものでもなければ歌舞伎を観る人口そのものがかなり限定的だと理解したからと巷にあふれるバワーズ賛美を一切おことなっていない点には、すごく納得がいきました。

 そして一番衝撃的だったのが昭和53年出版本にもかかわらず、平成25年のいまを預言していたというか繰り返す歴史を認識していたと呼びたくなるような以下の「あとがき」(p.251) の言葉です。

人気盛りの役者がタレントとして、TV、映画まがいの脚色物に、急稽古で出張出演し、後の半身を本拠で所謂「顔合せ」歌舞伎を打つという変則化が、歌舞伎の現代化というフレーズの中でまかり通り、国立劇場や歌舞伎座での歌舞伎公演も、云わばその実体のない内容の文化的偽装と化しつつある。つまり、歌舞伎が今日、その前近代という様式性を強調すれば強調する程、高い値がつくというマゾヒスチックな仕組みにもそれは由来している。だがここで、伝統文化を守れというが、商品化された歌舞伎は果たして守るに値するかという問題にぶつかる。

 新・歌舞伎座のこけら落とし公演(少なくとも4月〜6月興行)が三部制でありながら1等席の入場料が2万円という「マゾヒスチック」な価格設定でも、旧・歌舞伎座「さよなら公演」と似たような演目マイナス天に召された人間国宝数名と18世中村勘三郎でも見物に出かける人たちが存在する「マゾヒスチック」な現状に関係者も見物も、少なくとも一部は呆れているに違いない。いや、危機感さえもっている人たちもいるでしょう。

 上記「あとがき」には昔、よき金主よき役者揃わずとも二百日続かなくてはという座頭の誇りと責任があったと続きます。

 松竹株式会社、株式会社歌舞伎座は「顔合せ」歌舞伎で200日以上、大入りと呼べる動員をしなくてはなるまい。

 昭和53年時点で団体動員率もめっきり堕ちた歌舞伎と書かれていたにもかかわらず、平成の歌舞伎人気は少なくとも一昨年まではあったかもしれませんが、2012年の松竹主催歌舞伎興行で「黒字」だったと呼べるのが猿翁・猿之助襲名興行という名の香川照之が市川中車として歌舞伎デビューをした公演だけであったという事実をふまえると、2012年と18世勘三郎が亡くなり新・歌舞伎座が開場した2013年は将来振り返ると、善くも悪くも時代の区切りとして認識されることになることでしょう。

(よ)

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2013年02月02日 09:16に投稿されたエントリーのページです。

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