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澤瀉屋の新しい門出

 昼の情報番組までが注目する澤瀉屋の襲名披露興行、香川照之の市川中車襲名が一番の注目とはいえ、珍しい三代襲名披露興行。やろうと思ってできることではありません。高麗屋がもうちょっとしたら30数年ぶりにできるかもしれないとはいえ、事件やスキャンダルではなく歌舞伎が注目されることはうれしいことです。

 段四郎・亀治郎(当時/新・四代目猿之助)親子が、藤間紫のこともあって一旦「脱北」した後に彼女の死後、また親子・親戚が団結するまでの道のり(康詞ではございませんですよ)はいろいろあったと思いますが、そうはいっても座元としての松竹がうれしい形での襲名披露興行となり、また2012年らしい形ではないかと思います。

 ゆくゆくは段四郎の名跡にもかかわることですから、亀治郎の猿之助襲名は「期間限定」と考えるべきですが、踊りの上手な子役が気が付けば澤瀉屋の次のリーダーとなって、歌舞伎の一翼を担う覚悟までできているような顔つき話し振りには感心します。

 そういった新・猿之助の態度がもしかしたら誤解を受けていたり反発を招いているかもしれませんが、これは歌舞伎界として、歌舞伎ファンとして、頼もしいと積極的に評価すべきことです。大した努力などしなくとも親の名前が継げて、ある程度の年齢になったらいい役もやらせてもらえるのが当たり前みたいなお公家様のような梨園の坊ちゃん達よりも、よっぽど男らしい。

 つい数年前までは歌舞伎座の通常興行に出演したとしても、一幕だけ目立たない端役での出演しかさせてもらえなかったような役者が「和解」を経て、叔父の直系に五代目猿之助を襲名させるまで、とはいえ猿之助になって事実上の座頭として二ヶ月も襲名披露興行ができるとは、本当は歌舞伎ファンこそ驚くべき今回の襲名です。

 亀治郎は子役の頃、本当に踊りが上手で、当時は勘太郎も踊りが上手いと評判でしたが、亀治郎のほうがホンモノであったと当時から見抜いていた方はいらっしゃいましたし、現に、その後の舞踊を観ていると、確かにそうです。逆に、いわゆる「猿之助歌舞伎」や猿之助が出す演目にはあまり子役が活躍する場面がなかったりして、一時期、新聞の劇評に「踊りが上手いのは分ったから、次は芝居で(亀治郎を)見せてくれ」といった苦言まで登場したものです。

 そんな亀治郎の子役時代ですが、叔父・猿之助と踊った『連獅子』のほかに『雙生隅田川』の劇場中継が映像としては残っています。猿之助、菊五郎と3人で宙乗りをする場面もある通し狂言ですが、亀治郎が甲高い声で台詞をいうので、菊五郎が「コンピューター子役」と呼んでいたとか。

 亀治郎の猿之助襲名により、しばらくは真女形の役どころは観られないのかもしれませんが、せっかく雀右衛門から教わった雪姫などを、ほとんど主役を勤めることはなかった歌舞伎座の舞台で演じることができたら、その時こそは心からの拍手を贈りたいと思いますし、そうなることを期待しています。

 「歌舞伎」では「中の人」かそれ未満の役を与えられたこともあった亀治郎が、きめ細かな地方公演に勉強会などを重ねて努力した結果、新・猿之助として『ヤマトタケル』で主役を演じることとなったのです。梨園に生まれ育ったとはいえ、十分に船底の暗さが感じ取れる位置で歌舞伎界を見ることもあったのではないでしょうか。

 香川照之の父との和解など『ヤマトタケル』のストーリーにも重なる親子の確執がメディアの注目を集めているのは承知しておりますが、やはり、歌舞伎ファンとして「おめでとう!」と声をかけてあげたいのは、新・猿之助です。妻や子を背負うつもりがないのであれば、それでもかまわないので、澤瀉屋一門とこれからの歌舞伎を是非、背負っていただきたいと思います。

(よ)

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2012年06月05日 12:48に投稿されたエントリーのページです。

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