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片岡秀太郎・著『上方のをんな』

女形が好きで、女形らしい女形の一人者といえば片岡秀太郎と思っておりますので片岡秀太郎・著/坂東亜矢子・構成『上方のをんな 女形の歌舞伎譚しばいばなしを読みました。

秀太郎さんの正直な言葉の数々に驚きながらも、改めて「芸」は人柄でもあるのだと感じました。

同時に、秀太郎さんのご自身のことまでも客観的な視点から見ることができる能力には、ひたすら感嘆するばかりでした。歌舞伎俳優じゃなかったら演出家として成功していたに違いない、と思ってしまいましたが、以前テレビで拝見した松竹上方歌舞伎塾の講師ぶりからすると、次世代の若い歌舞伎俳優の「演出」は既に得意とされる分野であることは間違いないようです。

片岡秀太郎・著『上方のをんな』は、秀太郎さんがお父ちゃん(十三代目・片岡仁左衛門)にぞっこんの崇拝者であることの告白本とも呼べるものです。

お父ちゃんのような役者になりたかったのに気が付けば、親も兄も弟も立役ばかりの家で「女形」。叔父に名女形の片岡我童(後に十四代目・仁左衛門を追贈される)はいたものの、女形の基本はすべて戦後、関西歌舞伎に出演していた当代の中村雀右衛門(当時は大谷友右衛門)から学んだとこの本に書いてありますし、幕内関係者によると実際、そのように何度もおっしゃっているとのこと。

戦後、復員してから女形に転向した雀右衛門さんから女形の基本を学ばれたというのもすごいことですが、改めて雀右衛門さんのすごさに触れた気になりました。

我童さんに学べなかった理由はいろいろあるのでしょうが、やはり後に十一代目・市川團十郎となる当時の海老蔵との関係かあるのかと想像してしまいます。

松嶋屋ゆかりの演目についても紙数を割いていますので、特定の芝居や役柄にかんする芸談本としての性格も備えている本ですが、他の俳優さんのように、特定の親戚俳優や崇拝する先輩俳優を褒めるようなことで塗り固めるのではなく、正直に特定の当たり役などにかんするご自身の俳優としての歴史を淡々と誇張することなく書かれているのが、美しいといいますか、潔くもあります。役者のことですから、ドロドロおぞましいこともたくさんあるだろうに、と思うところもあるのですが、この本にはドロドロの「ド」の字もありません。

また、普通であれば自分の手柄としてもいいような代表作についても、すべて現・坂田藤十郎との共演によってもたらされた評価であると述べているのも秀太郎さんの人柄でしょう。

秀太郎さんの代表的な役でもある『河庄』の小春にいたっては二代目・中村鴈治郎のお弟子さんだった脇役俳優の中村桜彩さんから教わったことを守りながら演じていることなどを正直に秀太郎さんは述べています。

下衆の深読みをするのであれば、松嶋屋に生まれたとはいえ、叔父以外に女形のいない家に生まれたのに女形になった俳優の苦労があるだろうに、それを「血のにじむような努力」や自分の努力といった話にすり変えるのではなく、そんなこともありました的に述べるだけではなく、魁春のような後輩役者が自分と同じ役を演じているのを観て学んだ等、どこまで謙虚な方なのであろうと尊敬してしまいます。

ついでに言わせていただくならば、実は玉三郎と本当に仲がいい松嶋屋は仁左衛門ではなく秀太郎である、と言われるのも、秀太郎さん自身が正当な十三代目・仁左衛門の後継者でもなければ、女形ゆえに正当な松嶋屋の芸の継承者でもないという立場が、守田勘弥の養子とはいえ、期待されるほどの家を背負ってない玉三郎の立ち位置と共通する部分が多いからではないかとも思えます。秀太郎さんいわく、十三代目・仁左衛門はどんな状況でも感謝を忘れない人だと言われますが、秀太郎さんも弟の孝夫が仁左衛門になれたのも玉三郎との共演で認められ人気役者になったことを感謝していると聞きます。

一方で、養子として「息子」になった愛之助が他の坊ちゃんたちよりも役が付かなかったことについて、ご自身の力がないこと詫びるように述べているところは感動すら覚えます。関西の役者であるゆえに、とは述べられていませんが、あの坂東三津五郎でさえその著書においてハッキリ述べている人気による会社(松竹)の待遇格差。しかし、別な意味では、秀太郎さんは恐ろしいくらいご自分の劇界での立ち位置を理解され、これっぽちの自惚れもない人であるだろうと尊敬してしまいます。

この本には秀太郎さんの舞台写真なども収録されていますが、是非ご注目いただきたいのが、『車引』の桜丸を演じている写真以外、秀太郎さんの手が写っていなかったり、写っていても非常に小さいこと。あの玉三郎でさえ、映像で見る舞台姿の手は男の手に白粉を塗っているだけのデカいものが目立ってしょうがないのですが、秀太郎さんは違います。実際に舞台そばで拝見するとよく分りますが、秀太郎さんの女形は不要に手や指を露出しません。体はもとより指や手でさえも出来るだけ小さく見せるという女形の基本は、あの立役で人間国宝となった尾上菊五郎でさえ『先代萩』の政岡を演じる際には心がけていることですが、実際、そのようなことが出来ている女形を現在の歌舞伎で観かけることは、そう多くありません。

この本でも触れられている秀太郎さんの自主公演である「関西歌舞伎中之芝居」は、三回目の『夏姿浪花暦』(『梅ごよみ』の書き換え)を拝見しに最初で最後の中座へ出かけました。かつての「仁左衛門歌舞伎」がそうであったように、十三代目の未亡人に今の仁左衛門さんまで観に来られていたり、忙しく活躍されるようになる前の今井さんが台本を書かれたり、いま考えるとずいぶん贅沢な自主公演でした。亡くなられる前の嵐徳三郎さんもご出演なさってましたし。役者も作者もいい勉強になるような自主公演が東京でも関西でも激減したのは残念なことですが、東京から移住して落ち着いた関西に住むことにこだわったお父ちゃんの子らしい秀太郎さんです。

そのお父ちゃんは『菅原伝授手習鑑』の菅丞相でも有名な俳優でしたが、この本を読むと、十三代目・仁左衛門菅丞相の【本興行】初演は案外、遅かったことが分ります。しかも、後輩(自分よりも若年)の俳優が菅丞相を演じる舞台で何度も輝国を演じた後、やっと本興行で演じた菅丞相であったことが。秀太郎さんは声高に「すごいでしょ?」とは述べていませんが、十三代目が当たり役としたその後は、その息子である当代の仁左衛門以外、特に演じる俳優が見当たらないと書いてあるあたり、松嶋屋としての意地と美談が誇らしげに述べられているのにもかかわらず嫌味がないのは、一流である証拠でしょう。

東京でしか歌舞伎を観られないファン、特に国立劇場での観劇歴が浅い方は、秀太郎さんが主役やそれに近い重要な役を演じられる俳優さんであることをあまり認識されていないかもしれませんが、実は仁左衛門さんのお兄さんであること以上に、本当は素敵な女形さんであることをこの本をキッカケに是非、知っていただければとも思います。

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2012年02月05日 18:30に投稿されたエントリーのページです。

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