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長谷川一夫

 先月から東宝の演劇に関わるような話の出てくる本を読んでいたところ、先週の金曜深夜(土曜未明)にNHK BS-2の「昭和演劇大全集」で、長谷川一夫主演の『百舌と女』(作・演出:菊田一夫)が放送されました。昭和31年の東京宝塚劇場における“東宝グランドロマン公演”であるとNHKのホームページには記されていますが、これが話に聞く東宝歌舞伎のひとつだったのでしょう。当時、長谷川一夫がどれだけのスターであったのかを分かってない私が平成20年のいま、映像だけを見ると、本当に主演が長谷川一夫なのだろうか?と思えるようなバランスですが、『百舌と女』という芝居そのものもさることながら、「昭和演劇大全集」の渡辺保氏による長谷川一夫の話がおもしろくて、2冊の長谷川一夫本を一気に読んでしまいました。

 まずは長谷川一夫の娘で長谷川稀世が書いた「長二郎変化」を読みました。今年が長谷川一夫の生誕百年ということで出版された本だそうですが、おもしろいです。もちろん、娘が書いた本ですから公式発表的なことばかりではありますが、長谷川一夫の芝居への取り組み方に関するエピソードはおもしろいです。加えて、著者と舟木一夫との対談も収録されているのですが、舟木一夫の分析やらエピソードが芝居好き、そして時代劇映画ファンにはたまらない話ばかりです。

 長谷川稀世が舟木一夫との対談で、父長谷川一夫についてこう語っています。

脇の人に「やりたいように本当に十分に、存分にやってください」というのが口癖で、「こんなふうにやったら邪魔ですか?」「いえ、そんな、どうぞやってください」って。そうして「やってくれればやってくれるほど、最後はわしが得すんのや」って。(p.122)

 長谷川一夫がの人生は、それだけで最近、巷に溢れているビジネスや人生訓、はたまた生き方に関する本のどれよりも優れている教訓だれけではないか、と思えるほどです。くまのプーさんに道教を重ねて本が書けるなら、長谷川一夫に人生訓や若いビジネスマンへのアドバイスなんて、いくらでも書けるのではないか。

 矢野誠一・著「二枚目の疵(きず)」は、長谷川一夫ディープとでも呼ぶべき裏話もたくさん入っていますが、非常にわかりやすい近代の演劇・映画興行史でもあります。長谷川一夫が京都で子役を始めてから死ぬまで役者を続け、19歳で映画スターとなってからは主演スターであることを媒体やスタイルを変えながらも続けた人ですが、スターとなるキッカケを作った恩人が初代の中村鴈治郎。小芝居あがりとはいえ、れっきとした歌舞伎役者の部屋子であり、女形であったという原点が、歌舞伎好きにはたまらなく興味をそそられると同時に、せつなくもあります。先代の中村勘三郎が六代目尾上菊五郎の娘と結婚したように、長谷川一夫の初婚も実は初代鴈治郎の娘(次女)とであった、というのもおもしろい話ですが、その初代鴈治郎が亡くなったときに、あれだけ松竹に貢献しておきながら、大阪の自宅以外、なにも残していなかったことに愕然として松竹への不信感を抱くようになった等、ドロドロ話満載です。千谷道雄の本ほどではありませんが。

 ときどき歌舞伎役者の話になると、何代目のことなのか分からない部分もありますが、長谷川一夫が一時期、中村雀右衛門を襲名という噂もあったなど、歌舞伎ファンにもおもしろい話がたっぷり入っています。詳しくは説明されていませんが、「政治的」だった中村歌右衛門が長谷川一夫とで北海道を舞踊公演で夏巡業した話は初めて知りました。歌江さんの証言によると、あくまで長谷川一夫が一枚看板で、大成駒ともあろう人が長谷川一夫につき合うような形だったというから驚きました。北海道を仕切っていた興行師で、大歌舞伎のソ連公演の団長も努めた人との関係もあったのでしょうが。

 ウィキペディアには、長谷川一夫の顔に傷をおわせたのは“松竹が雇った暴力団員”と書かれていますが、「二枚目の疵」には、もっとディープで詳しい話が書かれています。もっとも興味深いのが、後に移籍して活躍する大映の社長にもなった永田雅一が例の事件の件から登場することです。同じくウィキペディアに永田雅一が一時期、籍を置いたという暴力団「千本組」についても書かれています。

 関西歌舞伎のドロドロな部分も書かれています。上記の『百舌と女』にも最後ちょっと出ていた坂田藤十郎(当時の中村扇雀)とは親交もあったようですが、結果的に、関西歌舞伎とは仲直りできなかったあたりは切なくもあります。著者の矢野誠一が表現しているように、長谷川一夫の人生は「いじめられっ子」のそれであったようです。あの大スターが、と思うのですが、最初は松竹が望み、その松竹に恩があった師匠の初代鴈治郎が期間限定ということで同意して行くことになった映画界でいきなり成功してしったがため、松竹からも松竹映画と松竹の演劇部は違うから息子の初舞台費用の立て替え分、払って、と迫られたり、六代目尾上菊五郎を除く歌舞伎役者からも疎まれ、と、当代の中村雀右衛門や中村又五郎どころではない辛酸を舐めたというか、飲まされた壮絶さ。矢野誠一は誇張することなく、某評論家以外のことは事実を並べるような感じなので読み過ごすと分かりにくいかもしれませんが、長谷川一夫の人生は、本当に凄まじい。晩年になっても「鷺娘」といった所作事への傾倒していたことや、宝塚で「ベルサイユのばら」を演出した際、演じる者がつらいことをすればするほど、お客さんには美しく見えると指導したなど、女形がベースにあった長谷川一夫らしいエピソードとして紹介されていますが、私は、いじめられっ子でもお客さん(ファン)が期待する長谷川一夫で通した人生そのものが、女形らしいと思います。

 誰かが言ってましたが、歌舞伎でも他の演劇でも、基本は男役(立役)がメイン。女形であることはイコール脇役であり後見でもあるようなもの。長谷川一夫という俳優は、最後までスターであったと言いつつも、本当の主役はお客さんであることを通した<女形>ではなかったのだろうか。歌舞伎なり新派なり新国劇なり文芸座なり、劇団やら芸能そのものを背負うような俳優が過去にもいたし、現在もいますし、歌舞伎や能狂言ならば守るべき「家」やその芸まであります。しかし、ある意味、永遠の孤児であった長谷川一夫が背負うものはファンが欲しがる《長谷川一夫》しかなかったのですから、個人でありながら劇団でもあり座頭でもあり興行そのものでもあったのでしょう。

 上記の「長二郎変化」で舟木一夫が、外から見ていて長谷川一夫は家庭的な人ではなかったのが分かる、と言っていますが、スター故に孤独ということもなく、むしろ、共演者を良い意味で巻き込み見方にしたような印象さえ受けます。買った苦労は無かったと思いますが、壮絶な人生で我慢を覚えてしまった人でもある、というのが、芸能人ではなく人間長谷川一夫であり、やっぱり地は女形の長谷川一夫ではなかったのだろうか。

 先代の中村勘三郎との親交があったおかげで、辛酸その1と2と3くらいはたっぷり舐めさせてくれた松竹の歌舞伎座に6回も出演した、というのも今回、初めて知りました。ただ、その勘三郎と長谷川一夫の表では語られることはないであろう共通点については触れられていないのがいささか不満です。ご子息にお孫さんまでいるので、書きたくても書けないなのであろうが、人と人のつながり、という点でも重要ではなかろうか。

 落語でも語られる「男の花道」、タイムマシーンがあるならば是非、生の長谷川一夫で観たい芝居です。

(よ)

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投稿者:Yoshi様の2008年12月09日を拝読、致しました。名優長谷川一夫丈の嬉しい事、名文にて記して下さり、ファン歴61年目になる私も、同じ気持ち、気分です。よくぞ、一夫丈の事をお書き下さり感謝:感激致し繰り返し拝読し、同じファン:グループの皆様に、FAXにて、送信し、読んで頂きました。余りの嬉しさ:感激に、拙い文での投書です。

投稿者:Yoshi様の2008年12月09日を拝読、致しました。名優長谷川一夫丈の嬉しい事、名文にて記して下さり、ファン歴61年目になる私も、同じ気持ち、気分です。よくぞ、一夫丈の事をお書き下さり感謝:感激を致し繰り返し拝読し、同じファン:グループの皆様に、FAXにて、送信し、読んで頂きました。余りの嬉しさ:感激に、拙い文での投書です。

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2008年12月09日 20:26に投稿されたエントリーのページです。

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