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横山泰子・著「江戸歌舞伎の怪談と化け物」

 本のタイトルは、そのものズバリなのですが、内容はかなり本質的で、時にかなり深く掘り下げ、歌舞伎を読み解く良書です。しかも、古典芸能本でありながら、西洋のフェミニズム的な視点にも溢れた内容がおもしろくもありますが、そういう視点が嫌いな人は、読まない方がいいかもしれません。ちなみに私は昔から上野千鶴子は大嫌いですので、ああいう妙なイディオシンクラシーではありません。

 フェミニズム的な視点での論説が効いているのが、バケネコは歌舞伎役者が女形としてやると「芸」なのに、女優がバケネコを演ると他の仕事が来なくなる、といった差別感や周囲の異端視を論じているところと、第六章「フランケンシュタインとお岩、そしてその子どもたち…」です。

 著者は法政大学の教授であって快楽亭ブラック氏ではありませんから、フランケンシュタインの怪物(フランケンシュタインは博士の名前で、通称フランケンは名無しの怪物のこと。)って、お○○コそのものなんですね、なんてことは言いませんが、異形の化け物(怪物)が時代的に抑圧されていて女性を女性器によって擬人化(パーソニファイ)した、と読み解くことの有効性は「フランケンシュタイン」の著者が女性であることからも非常にわかりやすく提示されています。(著者はそこまで言ってない、と主張されるでしょうが、二重構造的な読み方をさせていただくなら、そういう見方もアリかと。)

 ただ、「東海道四谷怪談」作者が出産経験もなければ出産により死亡する可能性がゼロの色男(鶴屋南北)であると繰り返すあたりは“この人(著者)、男に恨みでもあるんだろうか。いや、こういう物の言い方こそが、女は執念深いと言わしめる原因ではないのか。”と個人的には男の視点で呟きたくなる部分もありました。

 ミッフィーちゃんのおばけの話など、本質を突く引用が多種多様で、同様の著書を日本人の男(おじさん)が書いたら観念的な論調に終始するであろう内容を、海外の論文のように有効性の高い引用を散りばめているあたりもいいです。国際基督教大学の出身であるからでしょう。持論と引用の区別がつかず、クソミソ一緒の著書を平気で出版する人達が大嫌いな者としては、すがすがしくもありました。

 そういった引用のなかでもとりわけ本質的な指摘をしているのが以下の部分です。

 武井協三は、歌舞伎は俳優と登場人物の距離を縮めない演劇であるとして、「歌舞伎では登場人物と役者の間に横たわる距離を否定しない。役の背後には、常に役者という存在が確固として控え、役者が登場人物の中に埋没し消えてしまうことはない。(中略)役者と人物は距離を保ったまま、それぞれが存在しているのである」とのべ、その根には「見立て」の発想があるという。近代の演劇は、俳優と登場人物の間に存在する距離を縮め、両者の合一をめざすが、歌舞伎はそうではないのだ。(pp.175-6)

 話が逸れるが、以前テレビで歌舞伎俳優が(もしかしたら当代の菊五郎)女形のことについて訊かれ、俳優とは自分とは違う人間を演じることだから、と明瞭簡潔に答えていたのを覚えている。歌舞伎と近代の演劇では「役」という言葉の意味合いがそもそも違うとも言えるのではないか。

 内容的な必然性から、尾上菊五郎家の話でもありますが、個人的には当代の菊五郎が演じる化け物系は、若い頃に歌舞伎座で観た宙乗り付きの「玉藻前」、その後、国立劇場で観た「天竺徳兵衛」と「五十三次」くらい。国立劇場で通し狂言のなかの一幕として上演された菊五郎の累は怖かった。どれも繰り返し上演されてはいないものばかり。個人的には玉藻前の話は、黒澤明の『乱』の台詞で初めて知ったキャラクターでした。

 女形論としても、かなりおもしろいものがあるので、興味のある方にはお勧めします。女性は極端な女性像を女優が演じているのを見たくないものだ、というあたりも考えさせられましたし、行動する女性自身が「私、男っぽいから」とフツーの女性から自分という存在を切り離したり、行動しないフツーの女性が行動する女性を自分たちとは違う存在であるから、と切り離すことを言ったりする場面に何度も遭遇している者として、歌舞伎や古典芸能における女形の意味の本質は、江戸時代から脈々と続いているのだな、と感心。

 役者絵が芝居の上演に先行して発売されたため、実際のお芝居には無い場面や演出が「絵」として残っている事実は初めて知りました。

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2008年10月29日 22:22に投稿されたエントリーのページです。

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