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2008年10月 アーカイブ

2008年10月05日

歌舞伎座百二十年「芸術祭十月大歌舞伎」昼の部レビュー(書きかけ)

恋女房染分手綱 重の井

 文楽とはいい意味で役割分担をすることにした上で、文楽ではできないことを目指したような子別れだ、と思いました。文楽は、女性をターゲットにした芸能でもあったため、女性が活躍するようなテーマを選ぶだけではなく、文楽に登場する女性は現実にはあり得ないくらい積極的だったりします。私がすこし前に観た文楽の重の井は、自分の愛欲とキャリアを優先にした、三吉くんから見たらかなりヒドい親にも見える重の井だったのに、今回の福助の演じる重の井は、物こそハッキリ言え、心では子供思いのいい女にも見えました。ケバい化粧はともかく。

 今回、三吉を演じたのが小吉くん。花道から出てきたのはいいけど、明らかに着物の裾が長くて、だれか詰めてやろうと思わないのか!と言いたくなるくらい膝あたりに引っかかりが見られ(動いている時だけですが)、御曹司ならこんな扱いされないだろうに、とも思ってしました。考え過ぎかもしれませんが。初日から間もなく、小吉くんもやや緊張ぎみかな、と思えるところもありましたが、よくやっていました。すでに馬子として仕事しているのですから、多少おとなびているくらいが丁度いいのですが、それでいて弥三左衛門(家橘)と刀で戯れるあたりは子供でないといけないことを考えるとバランスもよかったと思います。

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2008年10月16日

有吉佐和子「一の糸」

 夏に今更ながら「複合汚染」を読み、その際、有吉佐和子が文楽を題材に「一の糸」を書いたとはじめて知り(なんとも不見識)読みました。さすが「華岡青洲の妻」の作者だけあって濃厚な記述と描写と、限りなく突き詰められたかのような主題がみごとでした。

 この作品のヒントとなった文楽の歴史的なことはほとんど知りませんでしたが、文楽が大劇場には不向きの芸能で従事する者もほとんどは経済的には…、という記述が残酷までに正当なだけに切なくもあります。だからこそ「芸」を支える強い女の話が成立するわけですが。

 着物を着る作者が書く着物がらみの描写と、老いに関する表現もみごと。観客の入りを「薄い」と表現したり、言葉遣いまで徹底的に幕内関係者のような著者の知識と取材力は作品よりも興味をひかれるし、それ自体が「芸」ではなかっただろうか。

 自分が手にした文庫本の解説が戸板康二というのも昭和なこと。(昭和の頃、歌舞伎座の筋書には戸板氏の文章が載ってました。)安易な懐古主義には反対ですが、時代が進んでしまうつまらなさもあるのかなぁ、とも考えてしまいました。

2008年10月29日

横山泰子・著「江戸歌舞伎の怪談と化け物」

 本のタイトルは、そのものズバリなのですが、内容はかなり本質的で、時にかなり深く掘り下げ、歌舞伎を読み解く良書です。しかも、古典芸能本でありながら、西洋のフェミニズム的な視点にも溢れた内容がおもしろくもありますが、そういう視点が嫌いな人は、読まない方がいいかもしれません。ちなみに私は昔から上野千鶴子は大嫌いですので、ああいう妙なイディオシンクラシーではありません。

 フェミニズム的な視点での論説が効いているのが、バケネコは歌舞伎役者が女形としてやると「芸」なのに、女優がバケネコを演ると他の仕事が来なくなる、といった差別感や周囲の異端視を論じているところと、第六章「フランケンシュタインとお岩、そしてその子どもたち…」です。

 著者は法政大学の教授であって快楽亭ブラック氏ではありませんから、フランケンシュタインの怪物(フランケンシュタインは博士の名前で、通称フランケンは名無しの怪物のこと。)って、お○○コそのものなんですね、なんてことは言いませんが、異形の化け物(怪物)が時代的に抑圧されていて女性を女性器によって擬人化(パーソニファイ)した、と読み解くことの有効性は「フランケンシュタイン」の著者が女性であることからも非常にわかりやすく提示されています。(著者はそこまで言ってない、と主張されるでしょうが、二重構造的な読み方をさせていただくなら、そういう見方もアリかと。)

 ただ、「東海道四谷怪談」作者が出産経験もなければ出産により死亡する可能性がゼロの色男(鶴屋南北)であると繰り返すあたりは“この人(著者)、男に恨みでもあるんだろうか。いや、こういう物の言い方こそが、女は執念深いと言わしめる原因ではないのか。”と個人的には男の視点で呟きたくなる部分もありました。

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2008年10月30日

国立劇場十月歌舞伎公演「大老」レビュー

 書き物が大嫌いで歴史にも興味もなく、見物する気ゼロだったのですが、とある理由があって千穐楽に出かけました。いつになく老人率が非常に高かく、ほぼ満席という盛況ぶりで驚きました。昨年もそうですが、史実系の演目は歴史マニアの老人、特におじいさん達がたくさん来るのだとか。盛況といえば、いつも食事休憩に利用する二階のお茶処「さつき濃」も超満員で座れない人がたくさんいました。(ご老人がほとんど皆さんサンドウィッチに甘いコーヒーという低血糖症まっしぐらの食事をされている前で、自分だけ弁当でちょっと違和感。)おまけに、10月27日だというのに蒸し暑くて夕方から雨や雷、稲光に新宿では雹という異常さ。

 無駄話はいいとして、「大老」は予想に反して非常におもしろかった。こんなにおもしろいとは、と感激したくらいです。しかも、眠くなりませんでした。弁松の弁当しっかり食べて、デザートにややトールなカップに入ったケーニヒスクローネのフレッシュケーキまで食べたのに。(ああ、また無駄話。)

 まず、北条秀司による戯曲の完成度の高さに驚きました。何を今更、と叱られそうですが、書き物大嫌いの歌舞伎好きが無条件に「いい」と理解したのですからお許し願いたい。また、吉右衛門もさることながら、共演者の質がすばらしい。特に梅玉と魁春、歌六と歌昇の両兄弟までよかった。ついでに友右衛門と芝雀の兄弟も、と言いたいところですが、友右衛門の口跡凛々しい台詞はかなりよかったのですが、芝雀の一種お嬢様っぽいだけの演技はいまいちでした。(個人的にはジャックにソックリなんで好きなんですが。)国立劇場の復活通し狂言の質なんかと比べてはいけないくらいに、「大老」はすばらしく優秀な戯曲です。

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