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とある役者の死

 正月早々、あまり適切ではない内容と思い控えていましたが、もう3年くらい前に、年末か正月だったかに孤独死された役者さんについて書きます。

 特に理由はありませんでしたが、この正月にその人のことが気になりネットで調べてみました。芸名を変えたとか本名で俳優業を続けているようだ、といった断片的な憶測ばかりでした。でも、まさか死んだとは思っていませんでしたから、知人の役者にその人の舞台上のクセを冗談にしてメールしたら、数年前、孤独死のような形で亡くなっていたことを初めて知ったのでした。

 普段から和服で、歌舞伎座に出演されているときは銀座線を利用し、特徴のある身のこなしからひと目で分かるような方だったといいます。個人的には面識はありませんでしたが、舞台ではよく見かけていました。

 いろいろと事情のある方だったようで、名題さんとはいえ歌舞伎役者としては珍しく師匠筋の幹部俳優とは必ずしも同じ劇場には出なかったりしていて、その後かなり珍しい状況になった役者さんでした。師匠や先輩が絶対の世界でそれなりに覚悟があったのか、なにかがあったのかは分かりません。

 幹部俳優ならば死後も語られたりすることもありますが、お弟子さんになるとよっぽど有名な方でもないと忘れられることも多いと思います。それでも、戦後からはNHKの映像が残っていることもあり、共演している名題や名題下の役者さんの顔ぶれやそういったお弟子さん達がどういう役を演じていたかでその舞台がどの「時代」のものなか分かることもあります。

 亡くなられていた役者さんが出演されていた舞台の映像を見ることがこれからもあるでしょう。主役の後ろで腰元や居並びの女郎かもしれませんが、おそらくプライベートではあまり器用ではなかったであろう役者が存在したことを忘れないためにも見ることでしょう。

 死とはかくも平等なもので、梨園に生まれた幹部俳優でも、研修所出身の大部屋俳優にでも必ずやってくる。舞台演劇もまた、かくも平等なもので、この世に生きている役者しか舞台には出られない。観客もまた、何かによって生かされて、何かによって芝居を好むようになったものであるから、生きている人間として劇場へ足を運べるのであって、死んだらそれはできそうにもない。

 伝統芸能ですから、役者は代々芸を伝えることはできますが、見物も多くが一代。

 そして、大部屋俳優も一代。一代限りという運命が縁なのでしょうか。一代の終わりを見届けた者は、次の代が無いことを知りつつ、一代を記憶にとどめ、自分の一代が終わるまで守りたいと思うのです。その瞬間、記憶が永遠となっても、忘却という無に返っても。(よ)

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2008年01月28日 22:57に投稿されたエントリーのページです。

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