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2008年01月 アーカイブ

2008年01月17日

通し狂言「小町村芝居正月」レビュー

 今年で三年連続、菊五郎の復活通し狂言を初日に観劇となりました。3年目ともなると鏡開きもテレビ中継も富司純子も寺島しのぶもローランも珍しくなくなります。

 芝居ですが、序幕と二幕目はつまらない内容でした。復活物の場合、序幕がつまらなかったり全体的な筋運びにも大した意味を持たないものだったりするのはよくあることですが、初めて観た歌舞伎がこれだった人は気の毒。

 三幕目の所作事からやっと歌舞伎らしくなりますが、明確に意図や意味がわかるものではありません。四幕目から菊五郎劇団の本領発揮となります。菊五郎も時代物よりは世話物がよく似合う。松緑も菊之助もここらがおもしろくなりました。ただ、何がおもしろいの、と言われても、これ、と言えない辛さはあります。実は女狐だった、という役を菊之助。昨年から大詰かその一つ前の大捕り物は菊五郎が演じるのではなく菊之助に。殺陣や十分におもしろさを出す時間があった、とは思えませんでしたが、菊之助の花道の引っ込みはよかった。

 個人的に一番よかったのが大詰。事前に何も知らないで観たので「暫」の趣向であることに驚きました。しかも松緑の暫。台詞にもありましたが、後でテレビ中継の録画を見たら織田さんがこれで三代続けて国立劇場で暫を演じたと説明してました。市川家のやり方とはちょっと違いますが、そういう意味でも非常に目出たい幕でした。かつて現松緑の父である辰之助が亡くなってから菊五郎が予想に反して女暫ではなく男の暫で演じた縁の劇場でもあり、個人的にはうれしかった。菊五郎も4バカ公家(菊十郎、橘太郎など)に冗談言わせておいて笑って喜んでました。「暫」ではありますが、正月につき太刀にて首を刎ねる場面は無いまま幕。

 菊五郎が段々、動かない主役になっていくのがちょっと寂しい。でも偉大なる主役でリーダー。自分は免疫があるので大丈夫でしたが、友人は時蔵が小野小町という設定にかなり違和感。菊之助、前半の立役で眉毛が太くてよかった。実は女狐という役は力が入ってないのでよかった。先日放送された「情熱大陸」の亀治郎のように演出やケレン味にもっとこだわって、と言いたい気もするが、通し狂言という枠内でのバランスと菊五郎劇団の中でのバランスがあるから仕方が無い。松緑はいつものことながら手堅い。初日だったので、所作事の場面で台詞のタイミングでちょっとしたミスがありましたが、それ以外は台詞も動きもきちんと入っていたし、暫も堂々としたもので初役とは思えませんでした。松緑の「暫」は1日でも早く、歌舞伎座の本興行で観たいものです。萬次郎のバアさんが台詞つっかえても許せるくらいによかった。いつになく菊十郎さんの出番が多くてびっくり。ほぼピンキリ。田之助さんの出番がちょっとだったのは残念。

 歌舞伎座の初日がテレビ中継された「助六」(珍しくステレオ/5.1ch放送で副音声解説なし。放送禁止用語の「唖」と「聾」がミュートされずに放送されてしまった。)で東蔵さんの通人が小島よしおの“そんなの関係ない”を使っていたと思ったら、国立劇場の大詰でも。手っ取り早い”ギャグ“かもしれませんが、安易で捻りがない。国や政治家や官僚や国家公務員を批判するような“ギャグ”ができない国立劇場かもしれませんが。

 全体を考えると、通し狂言でありながら以前にも増して見取りのような幕の並べ方。それが悪いとは言いませんが、台本を推敲する時間はどれほどかけているのだろうか、と首をかしげたくなるような部分が多い。でも、大入り満員なのは役者の力なのでしょう。

2008年01月28日

とある役者の死

 正月早々、あまり適切ではない内容と思い控えていましたが、もう3年くらい前に、年末か正月だったかに孤独死された役者さんについて書きます。

 特に理由はありませんでしたが、この正月にその人のことが気になりネットで調べてみました。芸名を変えたとか本名で俳優業を続けているようだ、といった断片的な憶測ばかりでした。でも、まさか死んだとは思っていませんでしたから、知人の役者にその人の舞台上のクセを冗談にしてメールしたら、数年前、孤独死のような形で亡くなっていたことを初めて知ったのでした。

 普段から和服で、歌舞伎座に出演されているときは銀座線を利用し、特徴のある身のこなしからひと目で分かるような方だったといいます。個人的には面識はありませんでしたが、舞台ではよく見かけていました。

 いろいろと事情のある方だったようで、名題さんとはいえ歌舞伎役者としては珍しく師匠筋の幹部俳優とは必ずしも同じ劇場には出なかったりしていて、その後かなり珍しい状況になった役者さんでした。師匠や先輩が絶対の世界でそれなりに覚悟があったのか、なにかがあったのかは分かりません。

 幹部俳優ならば死後も語られたりすることもありますが、お弟子さんになるとよっぽど有名な方でもないと忘れられることも多いと思います。それでも、戦後からはNHKの映像が残っていることもあり、共演している名題や名題下の役者さんの顔ぶれやそういったお弟子さん達がどういう役を演じていたかでその舞台がどの「時代」のものなか分かることもあります。

 亡くなられていた役者さんが出演されていた舞台の映像を見ることがこれからもあるでしょう。主役の後ろで腰元や居並びの女郎かもしれませんが、おそらくプライベートではあまり器用ではなかったであろう役者が存在したことを忘れないためにも見ることでしょう。

 死とはかくも平等なもので、梨園に生まれた幹部俳優でも、研修所出身の大部屋俳優にでも必ずやってくる。舞台演劇もまた、かくも平等なもので、この世に生きている役者しか舞台には出られない。観客もまた、何かによって生かされて、何かによって芝居を好むようになったものであるから、生きている人間として劇場へ足を運べるのであって、死んだらそれはできそうにもない。

 伝統芸能ですから、役者は代々芸を伝えることはできますが、見物も多くが一代。

 そして、大部屋俳優も一代。一代限りという運命が縁なのでしょうか。一代の終わりを見届けた者は、次の代が無いことを知りつつ、一代を記憶にとどめ、自分の一代が終わるまで守りたいと思うのです。その瞬間、記憶が永遠となっても、忘却という無に返っても。(よ)

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