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2007年10月 アーカイブ

2007年10月01日

「菊五郎の色気」長谷部浩・著(文春新書)

 かれこれ四半世紀も歌舞伎を見物していますが、はじめて観た十代の頃からずーっと好きなのが菊五郎です。歌右衛門やそのライバルとされた梅幸(菊五郎の父)が晩年には神格化されたり「伝説」にまでされていたことを考えると、同世代の役者として最初に人間国宝(重要無形文化財)の認定を受けた菊五郎に関する著書などは、不当に少ない、と言ってもいいでしょう。そういった意味では、新書という形ではありますが、菊五郎本人へのインタビューまで盛り込んだ本の出版は当然のことだと思います。
 菊五郎だけではなく梅幸さんも好きでしたが、世の中、歌右衛門(成駒屋)びいきが多くて、音羽屋はすかん、という意見を何度も耳にしました。「音羽屋は芸がザツ」とまで言われたことがありますが、三階席で観ていた若い頃、三階まで声の届かない歌右衛門を魅力的とは思ったことはありませんでした。すごい役者だし、大向こうから「役者の神様!」とよく声がかかっていましたし、歌舞伎座の顔見世で歌右衛門の出ている「山科閑居」の張りつめた緊張感のすばらしさは三階席でもよくわかりました。芸術的に優れているのが好きな人にとっては歌右衛門が最高峰だったのかもしれませんが、誤解を恐れずに言うならば、自分は歌舞伎を「藝術」だなんて思ったことは一度もなく、観ていて楽しいから観ている芝居(エンターテインメント)だと思っているくらいですから、内面を昇華させたような表現をする役者よりは、色気や艶のある役者のほうがが好きでした。(今でもそうですが。)
 当代の菊五郎は喫煙者で、残念ながら梅幸のつくらなくても女形の声になった艶のある声こそ受け継がなかったけど、確かに色気のある役者です。おばさま方に人気があるのも当然。菊五郎は非常に茶目っ気たっぷりで、舞台上のユーモアもたっぷりだったりする一方で、まじめな耐える役も得意。がに股で闊歩するような立役を演じたかと思えば、指を曲げて正当な女形の役も演じる。お富さんや十六夜も演じたことがあるけど、与三郎や清心も演じる。男の「暫」と「女暫」の両方を演じている類い稀なる歌舞伎役者でもあります。(いくら猿之助や勘三郎も兼ねる役者とはいえ、菊五郎のように本格的なことはしていません。)
 辰之助の死を乗り越えるかのように国立劇場で「暫」を立役で勤めてファンばかりか関係者も驚かせた一件をリアルタイムで経験した者としては、辰之助の死と、立役の比重を増やしたことに関する本人の弁をもっと聞きたかった。野次馬根性からではなく、「立役」の人間国宝であることにも関係すると思われるから。
 この本、当代七代目の菊五郎に関するものですが、梅幸さんや五代目さんに六代目のことにも紙数を費やしています。また、当代の菊五郎が得意とする役にまつわる演目の説明も長く、台詞の引用もくどく、歌舞伎好きだけではなく、あまり知識もないような人に対する解説も多すぎて、教科書的ガイドブックのような面もあるのが残念です。(全280ページでカラーの舞台写真も巻頭に16ページも付いていて新書としては厚めの豪華版。)芸談と呼ぶような内容でもありませんが、著者のインタビューを菊五郎が富司純子同伴で受けたというのも興味深い。どうりで「身替座禅」の話がひとつも無いわけです。(よ)

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