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赤江瀑の「平成」歌舞伎入門

 学研新書から先月発売された『赤江瀑の「平成」歌舞伎入門』(赤江 瀑・著) を読みました。
 タイトルに「入門」とあるのですから感激歴の長い者が読むような書籍でもないのでしょうが、気になって読んでしまいました。確かに若衆歌舞伎のあたりの説明はよかったり、一部役者に関する評価も妥当だとは思いますが、何カ所も死んだ歌右衛門に関する記述があり、大成駒の亡霊の書のようでもあります。
 故・永山松竹会長ヨイショもえげつない。襲名ビジネスで歌舞伎を盛り上げた功績は確かに上場会社の会長として讃えられても当然でしょう。しかし、その根拠が平凡なハリウッド映画の宣伝のように勘三郎襲名3ヶ月で30億以上の売上があったから、なんてのはおかしな論理だし、古典芸能の話をフリしながら単に商業演劇としての妥当性(利益性)を語っているのはどうかと思う。かつて文楽をカネにならないからと手放した松竹株式会社は、身を削ってまで古典芸能に尽力してきた会社でもなんでもない、利益追求の株式上場企業にすぎません。映画だって広告代理店にまかせて利益が上がらず、大船の撮影所(松竹シネマワールド)を売り払ってから映画大手でありながら自前の撮影所を持たないという異常事態のまま何年も経過しています。
 仁左衛門の現在(いま)の歌舞伎人気が地に足のついたものではない、などのコメントを引用し、山川静夫氏の平成の大歌舞伎に関する危機感を共有しているのはいいとして、仁左衛門が表面的な歌舞伎人気に危機感を抱く原体験が関西歌舞伎の聚落にあるという所にツッコンでいないのが非常にもどかしい。今でも文楽公演を東京・国立劇場(小劇場)で行うと前売り完売状態の大入りであるのに対して、本場(?)大阪の国立文楽劇場ではいつ行っても空席があるから前売りを買う必要が無い、という違いにでも言及するなり原因究明して平成の歌舞伎人気が本物であるのか掘り下げていないことに大きな不満を感じます。
 私が歌舞伎を見始めた頃、昭和でしたが、玉三郎や猿之助が人気役者であったとはいえ、ほとんどの月が不入りでした。團十郎襲名やスーパー歌舞伎初演の「ヤマトタケル」など、爆発的な人気興行がある一方で、芝翫さんでさえ「何を出しても入らない」時代が東京でもありました。今ほど「和」が人気ではなかったなど、理由はあるのかもしれませんが、バブル前で決して不景気とはいえなかった時代に歌舞伎が見向きもされなかった(特に若い人たちに)時代をどう分析するかで平成以降の歌舞伎の将来が見えてくるのではなかろうか?

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2007年08月20日 18:49に投稿されたエントリーのページです。

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