通訳で何が一番苦手かと言ったら、メモ取りとメモによるリプロダクションしかないだろう、というくらい自分にとっては永遠のテーマ。そんな苦手意識から相葉光輝・著『仕事は「捨てメモ」でうまくいく』という本を読んでみました。
いわゆるビジネス本・自己啓発本のカテゴリーに入るものですし、通訳への応用という点ではあまり期待してはいませんでしたが(著者様、すみません。)、なるほど、と思える点がいくつかありました。
冒頭で「『捨てメモ』をかくにあたっての「捨てる」とは、三度捨てることを意味します。」と定義されています。つまり…
1.メモをとる前に情報を捨てる
2.「きれいに書く欲」を捨てる
3.メモそのものを捨てる
この3点のうち、1.と2.の中間的な意味合いで「なんでも書こうとする欲」が自分の“煩悩”です。分っていても…。どうせ全部は書き取れるワケがない、と分っていても書こうとするのは、ロト6がハズレまくっているのに、これだけハズレたら次回くらいは…に似た自己バイアスなのかもしれません。これだけは個人授業を受けたいです。いくら通訳のクラスなので先生がご自分は何度も聴いている教材でデモンストレーションされても、参考にならないのです。正確には先生が悪いのではなく、すべては自分が悪いのですが、サイマルのトップクラスで訓練受けたような通訳者でも「同通のほうがラク」「同通ばかりやってると逐次がヘタになる」と言うくらいですから仕方ないのかもしれませんが…。(本当に記憶力の良いかたもいらっしゃいますが、やはりキャリアや場数、それにセンスも必要なのでしょう。)
また、3.ですが、これは機密保持の点からもそのようにすべきですが、よく通訳していて分らない単語や調べたいと思った表現や定義があると、自分の場合、よく☆マークを付けておくのですが、翌日くらいまでに調べたり用語集に書き込まないと無駄なマーキングで終わることがほとんどです。コンテクストを忘れたりしたら最後、どういう日本語にしたらベストなのか、判断できなくなったりした時は、情けなくなります。実際、『仕事は「捨てメモ」でうまくいく』の中でも、メモの賞味期限は48時間である(p.126)と述べられています。
同書108ページからは「公演や会議内容を自分のものにする書き方」というセクションがあり、「得たい情報だけ」を決めてそれだけをメモする、というアドバイスが実際のメモの画像とともに示されています。
通訳者にはあまり関係ないかと思いますが、できる人(=年収2000万以上)はなぐり書きで「目的」(すべきこと)だけを書きとめ、無駄な情報は残さないと『仕事は「捨てメモ」でうまくいく』の著者は述べられています。
外国語英語の日本語版字幕が《翻訳》ではないのと同様に、通訳者の「メモ」もビジネス用(例、議事録たのめのメモ)ではありませんが、自分で自分に伝えたいことを書きとめるものであれば、他人に他人の言いたいことを伝える仕事である通訳者として、もっともっと改善するよう試行錯誤を続けていきたいと思います。そういう点では、社内通訳者よりもフリーの方のほうが鍛えられるレベルが違いますね。
余談ですが、通訳者でもあり通訳学校の講師でもある人のなかには、他人にメモ用紙の種類を強制する人がいて驚いたことがあります。しかも、ある程度以上の経験者向けのレクチャーで。申し訳ありませんが、通訳の現場は教室のように製図に近い図形が書けるくらいのきれいでフラットでぐらつかない広いスペースをいただけないことも多いのです。通訳者は折り畳み椅子だけ、みたいなこともありますから、どうしても速記用ステノパッドが便利ですし、持ち運びなどの点で合理性があります。
ものすごいベテランの通訳者でも、若い方がこういうメモの取り方をしていたんですよ、とご自分にはできないけど合理的な理由があって感心したような話をされる度量をもって教育されるかたがいる一方で、私のクラスでは方眼紙しか認めない!と方眼紙を配って使わせるベテラン通訳者もいます。そこまで他人の支配にこだわるなら、そういう思想の象徴として鉤十字マークでも付けたら?と言いたくなったことがあります。