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女性の「自己愛」を理解しない男性は地雷を踏む

 『ホンマでっか!?TV』出演者としても知られる心理学者・植木理恵の本を読み終わり、『中居正広の金曜日のスマたちへ』(2012年5月18日放送回)を見ていたら、あの勝間和代が番組の企画で悔し涙を流しているではないですか。

 それを見た瞬間、植木センセイの言われる「(がんばる)オンナの自己愛」を考えさせられました。プロフェッショナルな仕事の現場で、ガンコさを含む女性の感情は、男には扱いにくいもの。もちろん、オトコだって勝手な言い分を女性にぶつけていることもありますから、感情を出すこと自体が【女性特有】とは言いがたいのですが、そういった感情が出て来るツボと言い分は、女性ならではで、と男には感じられ、男にしてみると「え?」なタイミングだったりロジックだったりします。

 『金スマ』で勝間さんらにダイエット指導した俳優・美木良介は、彼女のあの上目遣いで睨みつけるような泣き顔や、数値での反論にひるまず自身のメソードの優位点を説いていましたが、尊敬します。クールに勝間和代の言い分を寄せ付けなかった度量は大人です。そしてあの場面は「他者愛」と「自己愛」とが火花を散らした瞬間でもありました。こういう火花は家庭でも職場でもやっかいなコミュニケーション上の問題です。

 以前このブログで、優秀な通訳者でもギリギリのところでがんばり続けて優秀な人と余裕で優秀な人とがいるようなことを書いたこともありますが、勝間和代のような女性は、ギリギリな部分と余裕で優秀な部分とが混在しているのですが、何もしないですべてが理想どおりにまわることはないので、努力をして年収を10倍、20倍にしましょう等々、がんばる女性やビジネスパーソンの教祖様的な存在です。打たれ強いとは言いがたく、アマゾンの書評などで酷評されると独自の論理構成で食ってかかるようなところがありますが、最近は悟ってきたのか、自分にはアンチがいて嫌われ者キャラの側面があることを冷静にマーケティングに活用できる要素であることを理解してきたのは、ある意味、好感が持てるところです。

 しかし、今回の『金スマ』涙の反論事件で明らかになったのは、勝間和代は他人を愛する人間ではなく、よくよく「自己愛」の人なんだ、ということ。

 「自己愛」を否定しません。適度なナルシズムは自己研鑽において能力を伸ばす力やバネにもなりますし、何かイヤなことがあっても跳ね返す楯となり、結果的に良い仕事が継続的にできたりするものですから、悪いことではありません。

 ただ、思ったほど体重減=スリム化の効果が出てないと指摘された勝間さんが美木さんへの反論として「BMIは20ないと…」「データを見ないと納得できない」「リバウンドのリスクは?」等々、論理のすり替えを総動員して述べられていましたが、それはナルシズムではなく「自己愛」に基づいた自己正当化を数値や理論といった自分以外の要因、すなわち目の前にいる他者ではなく、目の前にいる他者よりも権威があるとされる概念、すなわちサイエンスやロジックに求めているカオスでしかないのです。私にはそのような行為が美しいとは思えませんでした。

 自分が自己投資として通訳学校で学んだことを概念上の真理とし、自分以外の「流儀」を認めない、批判を受け入れないような通訳者もいます。仕事中は、自分はがんばっているという「自己愛」が強いためか、ちょっとした言い間違えを指摘すると逆に睨め返してくるような通訳者もいます。

 思い出せば思い出すほどに、多くの女性通訳者そして一部男性通訳者の「自己愛」を私は理解していませんでした。オーディエンスのため、という私の「他者愛」に基づいたお願いなどが聞き入れられなかったのは、そのお願いの方法に、彼女らの「自己愛」という琴線に触れる部分を創作できなかった私が悪いのでしょう。あるいは、彼女らの「自己愛」や「自尊心」や「自負」を褒め讃えるような儀式を経ずに述べたのがまずかったのかもしれません。

 勝間和代も「投資すれば投資するだけ、効果が上がります」と主張されるような人ですので、良く言えば努力の人です。努力すること自体は美しくもあります。スキルを身につけるためには継続的な努力が必要です。そのような継続を維持するためには「自己愛」も必要でしょう。しかし、他者間のコミュニケーションの橋渡しをする役目の通訳者が、通訳を「自己愛」のためにしていることもあるのだとは、気が付きませんでした。

 いろんなタイプがいるのが通訳者ですが、単にプライドが高いといった形容句では修飾できないタイプの方も「自己愛」タイプと考えることで美木さんのようにクールに対応できる部分もあるのだろうと考え、以上、長々と男性通訳者の参考になれば、と考え述べました。

 男性諸君、女性通訳者が明日の仕事の準備そっちのけでネイルサロンへ行くからと批判めいたことを言ってはいけません。コラーゲンが欲しいと焼肉屋でトン足にしゃぶりつく女性通訳者に、口径摂取しても消化器官から摂取できるコラーゲンなんか微量でしかないなどとマジで反論してはいけません。かなり稼いでいるはずなのに、パソコンが古くて…などと言い訳する通訳者に対して、新しいパソコンの優位性を説いてはいけません。デスクでコンビニ弁当を食している最中に「加工食品なんか食べてる!」と喫煙者の女性通訳者から指摘されてブチ切れてはいけません。彼女は加工食品を口にしないことで美を追求している「自己愛」モードばりばりにONな状態かもしれませんし、もしかしたらアンチ加工食品をモットーとするアメリカ人役員を尊敬したり、場合によっては不倫関係にあることを婉曲に自慢しているのかもしれません。

 我々に残された道は彼女らの「自己愛」すらも超越した「他者愛」で接することです。

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2012年05月20日 10:04に投稿されたエントリーのページです。

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