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聴かせる、ということ

 二村晃・著『耳で読む読書の世界―音訳者とともに歩む』という本を手に取り、はじめて「音訳者」の存在を知りました。

 主に盲人のために対面で本を音読したり、録音する方々のことだそうですが、そういえば図書館の奥のほうにそんな鉄扉の部屋があったかな、という感じで認識すらしていなかったことが恥ずかしく思える内容でした。

 著者は元電通マンの途中失明者で、「音読」の利用者として温かい苦言を含めながら朗読だけで分りやすい日本語とは、というトピックを門外漢にもわかりやすい文章で書かれています。(盲人用のワープロを活用されたようです。)そして何より、ビッグネームのベテラン・プロ通訳者にも読ませてみたいものだと、思えるほど通訳者にもためになる話ばかりです。日本語の使い方、西日本出身者独特の関東では違和感アリアリのイントネーションなどなど。

 この本で何が痛快と言えば、あくまで音読利用者としての視点と意見が貫かれていることです。だから、こう言ってもらうと分りやすい、といった意見が明瞭なだけではなく、漢字が想像できない場合、「耳」が止まってしまって直後にどう解釈すべきか考えてしまうんです、といったエピソードも披露されていて、日本人として同時通訳をする者として耳が痛い話も述べられています。

 同時通訳者で本を出版して、自慢話やら、独善的な通訳者ならではの視点だとか、水がないと苦しいんですよ、とか、私のように裏の事情などをごちゃごちゃブログを書く者はいますが、あくまで100%同時通訳者利用者として意見を述べるような著書には出会ったことがないので、同時通訳を聴く側の人がこんな本を出してくれたらなぁ、と思いました。

 参考になるエピソードや提言がたくさん書かれていますが、なかでも音読者がポルノ表現に出会ったらどうすべきか、という部分と、新聞や雑誌の写真説明については考えさせられました。

 一般の小説も対面朗読する音読者とは異なり、通訳者がポルノ表現を扱うことはあまりないと思いますが、例えばセクハラの話などを(心の)準備なくいきなり訳すことになった場合どう対処すべきか、という問題についてこの本は示唆に富んでいると思いますし、写真説明についても最低限必要とされる語彙を使って明確に言い切ってもらうほうがいいと述べられているあたりは、自分には耳が痛いところでした。

 通訳にしろ音読(音訳)にしろ、なかなか完璧におこなうことが難しい業務、という点でも共通しているとは思うのですが、通訳や通訳者に対する苦言が「誤訳」や「通訳ミス」や「ニュアンスの取り違え」といったトゲだらけのクレームになってしまいがいちなのに比べ、著者の温かい音訳者に対する感謝の気持ちもあるのでしょうが、音読ミスを「些細な読みこぼれ」(p.166) と表現するやさしさには感激しました。

 もちろん通訳の現場だって、あたたかい部署で新人社内通訳者の誤訳や訳しもれをバイリンガルの方がフォローしながら会議を進めたり、ということもあります。しかし、エージェントを通してプロの同時通訳者を雇うと、最初から何が無い、あれが無い、資料が出ない、水が出ない、マイクから音が出てない、休憩時間が無いといった無い無いづくし。トゲだらけのやり取りになりがちです。

 音訳の場合、ほとんどがボランティアだと思いますので、場合によっては超高額ギャラを支払う必要がある「特殊能力」保持者とされるハイレベル同時通訳者と比べてはいけないのかもしれませんが、視力を失っても音訳があることに感謝する著者の気持ちの尊さは、資料があっても当然のことのように憮然としているだけの通訳者も見習うべきだと思います。また、通訳者だって完璧ではないのですから、もし仮に誤訳や意味の解釈に錯誤があった場合、究極的には許してくださるオーディエンスやクライアントがあってのことですから、トゲトゲしいだけのまがい物の「プロ根性」は引っ込めたほうがいいと私は考えます。

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コメント (1)

ミッキー:

二村晃氏の本の紹介をありがとうございました。ぜひ入手して参考にしたいと思います。
通訳(特に同時通訳)をする際には「これ」とか「ここ」とプレゼンターが画面を指しながら説明する箇所は訳出の時差を意識して「解説」するようには心がけていますが、通訳を聞く方の立場に立つことは重要ですね。

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2010年07月03日 14:07に投稿されたエントリーのページです。

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