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マダム・バタフライ・コンプレックス

 詳しい理由は割愛させていただきますが、日本でビジネスをする多くの外国人が「マダム・バタフライ・コンプレックス」に冒されていると思うことがよくあります。蝶々夫人の話ならずとも、西洋の白人男性はなぜだか東洋の女性を男尊女卑といった旧来の制度に苦しむ被害者と断定し、自分が理想の制度を有する西洋の力で救うことができる騎士だと勘違いしているケースを何度も見てきました。そのような勘違い哲学が高じて、西洋的な自分の考え以外が見えなくなるケースもあるようです。

 昨年のことですが、いぜん勤務していた某有名アメリカ企業の子会社(日本法人)でこんなことがありました。未払いの残業代が問題になったため、人事部と法務部のディレクター/VPたちと話し合ったものの解決できず、仕舞にはアメリカの弁護士資格しか持たない法務部の代表が「問題ない!」と言い切って無理矢理その問題を収めようとしました。納得できないのは当事者の日本人スタッフ。当事者の1人からメールで連絡を受けたので、日本人弁護士でも労働法は専門に扱っていないと分からないことも多い世界だし、だからこそ人事業務代行の会社があったりするくらいだから、アメリカ人弁護士の発言は無効だし、日本の法律でも残業の支払やタイムシートなどの保存は最低2年間(たしか)義務づけられているのだから、そうなっていなかった場合、会社側に責任がある…などとアドバイスしました。結果、数年間放置されていた問題でありながら、保存義務期間にのみさかのぼって残業代の支給が決まり、結果的にアメリカ人弁護士の社内会議「判決」は無効であることが証明されました。その企業もさすがに感情やアメリカ人感覚のみで片づけてはならないコンプライアンス問題であることに気づいたのでしょう。

 こういう話をすると、例外的なエピソードだろう的な反応をする方もいらっしゃいますが、そんなことはありません。他にも立ち上げて間もない法律事務所で、経営者でもあるイギリス人弁護士が、日本の祭日の多さに辟易してしまい、普段から十分に休みはあるんだから正月2日から社員は出社すべきだ等々、わけのわからない主張をしたことがあるそうです。比較対象がイギリスと日本赴任前にいたシンガポールだったらしいのですが、一等地のオフィスビルで正月から自分の事務所だけ開店させても…、といった意味が理解できないだけならともかく、日本で新規開業するにもかかわらず、日本の労働法を知ろうともせずに、勝手に自分の感覚を「正」として、それと異なるものは「おかしい」「認めない」などと発言していたそうです。結果どうなったのかまではフォローしませんでしたが、知人はおそらく年が明けてから源泉徴収されていなかった所得税の支払やら年金の掛け金やら国民健康保険の加入やらで苦労したことが想像できます。在日大使館で働く日本人スタッフなどと同様、雇用者が必ずしも社会保険や健康保険、雇用保険などに加入させてやる義務はありませんが、だったらば、それも含めての給与額だったり補助を出したり、といったルールが普通なんですが、法にのっとり粛々と手続きなり訴訟などを処理するような職業の人たちが、日本に来たとたん、これなんです。

 ちなみに上記アメリカ人弁護士は、日本人女性と十数年〜二十年間ほど婚姻関係にあり、日本にもそのくらい在住している人です。また、ジャパン・タイムズ紙上では、何年も前から、何かというと日本の女性活用 (diversity) などの問題点を取り上げていたりしますが、カナダ人からもアメリカ寄りと批判される同紙は、先月あきらかになったアメリカ企業ウォルマートで働く女性に対する賃金差別についてはどう考えているんだ、と言いたくなります。そう、ジャーナリストでも、日本は男尊女卑が激しい(事実ですが)という大前提に呑み込まれ過ぎてしまって、個々の事例についてジャーナリスティックな観点から記事が書けない西洋人もいます。通訳の世界では、本国では差別待遇として許されないくせに、エロ外国人オヤジが日本で通訳者を雇用する場合、あの人は若い女性通訳者しか雇わない、とか公然の秘密だったりしてるのに。ただ、本国でそのような性別や年齢で雇用してはならない、というのも法がなければ差別が横行するからであって、決して本国の人たちが日本人より高いモラルで生活しているからではありません。

 日本でビジネスをする上で、勘違いが前提で交渉される人も多いですから、ビジネス通訳の仕事をしていれば、赴任者であれ出張者であれ「マダム・バタフライ・コンプレックス」の西洋人の通訳をすることもあります。Sheridan Prasso著『The Asian Mystique』という本を読んでいたところ以下のような文章を読み、ああ、西洋人でも女性はこういう理不尽なことを言う西洋人男性のおかしなところに気づいているんだ、と、ありがたく思いました。

Over the years, I have been surprised by the number of Western businessmen who have told me how "tough" their negotiations with Asian business partners had been, as if their expectations were that their Asian counterparts would roll over easily. (p.125)

 タイトルからも分かる通り、性的な部分における西洋人男性の期待についても述べた後でのビジネスマン話となっているため、"roll over easily" というフレーズが効果的に使われているのですが、通訳をしていても、本筋やブランド・コンセプトを通すために、理解度が低い日本人に内心イラつくような西洋人ビジネスマンも確かにいると思いますし、そのような現場も経験しました。しかし、なかにはホント、要求や交渉以前の【前提】として、日本人のあなたたちが私たち西洋人(男性)にひれ伏すのは当然でしょう、という感覚の人たちもいらっしゃいます。まるで、リアプロジェクションで大型スクリーンに写し出された葵の紋の前に立っているか、宗教画のイエス・キリストか聖人のように自分たちの頭には光輪が付いているのだぞ、と言わんばかりに。

 本国ではリーディング・カンパニーに勤めているため、日本では知名度が低いということに気づかれていなかったりでかわいそうな人たちであったりもするのですが、When in Rome, do as the Romans do. という諺はあっても、Rome や Romans はあくまで西洋文化の一部であり西洋人だという大前提があるようですが、はるか極東の端っこにある Tokyo や Japanese は別次元の土地や国民と見なされているようです。

 通訳者としては「マダム・バタフライ・コンプレックス」を糾弾するのが仕事ではありませんから、いちいち外国人をつかまえて「あなたはおかしい」と批判しても仕方ないのですが、ただ、通訳する上で、この人たちは、いったい何を前提にこんなこと言っているだろう、と考えるよりは、「ああ、また『マダム・バタフライ・コンプレックス』ガイジンか。」と割り切って仕事をするのがベストだと思うのです。

 私なりにアドバイスをさせていただけるなら「マダム・バタフライ・コンプレックス」ガイジンの会議に入ったら、後になって批判されないよう、注意したほうがいいでしょう。そして、コミュニケーションの齟齬を生んだと思われる表現などをメモして残しておきましょう。ガイジン側に批判されるだけでなく、場合によっては日本人側から、なんか伝わらなかったんだよね、とクレームが出ることも想定して。(注/メモはあくまで自分のために取り、もし問題になってもあくまで「記憶」と主張してください。メモを残して持ち帰ったなどということを言ってしまうと守秘義務やコンプライアンス違反となるかもしれません。)

 いくら事実であったとしても「マダム・バタフライ・コンプレックス」を理由にあげたところで、そうなんですか、と同調してくれる人などいないでしょうから、ニュアンスなり前提と思われるキーワードには注意したほうがいいでしょう。通訳者としてつらいところですが、通訳というのは発言内容を通じるように訳すのが業務ですから、ジャーナリストのように、発言者の偏見に自分の視点でコメントを付け加えるような行為はおこなわないことになっているからこそ、こういうブログで書くしかないのです。

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2010年05月15日 05:15に投稿されたエントリーのページです。

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