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誤訳が誤訳でないとき(映画字幕編)

 ごく最近になって Kevin Macgue氏が数年前に書かれた日本の映画字幕翻訳にかんする記事を見つけました。(http://archive.metropolis.co.jp/tokyo/597/lastword.asp)

 たしかに日本語がわかる英語ネイティブの字幕訳の評価は悪いです。訳がおかしい以前に意味が違うでしょ!ってツッコミを入れたくなるのは理解できますが、日本語がわかるからといって日本人観客のことまで分かっているかというと、必ずしもそうではないと思うのです。

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 例えば、Mcgue氏が指摘する『カサブランカ』の訳でも、原語では“My German’s a bit rusty.”が「ドイツ人だな」と訳されています。確かに、リック(ハンフリー・ボガート)が自身のドイツ語能力が低いことを言っているわけですから、せめて「ドイツ語か…」のような訳でもよかったかもしれません。また、英語が分かってなおかつドイツ語も聞けば(何語かは)分かるといった人たち(特に英語ネイティブ)にしてみれば、この台詞の前にパリの街角に宣伝車がやってきてドイツ軍のパリ入城を伝えている言語がドイツ語であることが明白なのでしょうが、字幕だけをたよりに映画を観ているほうにしてみれば、字幕がOUTで表示されないため、勘のよい映画ファンであれば英語ではないのだな、と気づかれる程度で、普通の日本人観客にはちんぷんかんぷんなワケです。

 そこで字幕が宣伝車の「主」をドイツ人である、と説明かねがね、正当な訳ではないことを承知の上「ドイツ人だな」と訳していたことは、観客へのサービス精神としては間違っていないと思うのです。むしろ、本当におかしいのは、その台詞の後のイングリッド・バーグマンの台詞 "My heart is pounding." を物理的な音として「心臓の音」と訳しているほうではなかろうか。メタファーであり、バーグマン演じるイルザの不安な精神状態を表現しているのだから、そのドキドキ感があまり明確に訳されていないほうが、よっぽど罪は深いと思います。しかも女性の台詞なのですから。

 翻訳でも通訳でも、訳を考えつつも受け取る側(読者やオーディエンス)がどのように理解するだろうか、ということを考えながら時にはグレーな環境で時間にせっつかれて孤独な判断を強いられることが多いですが、字幕でも文書でも文字として残る分野のかたがたは、大変だと思います。通訳はその点、ちょっとマシかもしれません。

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2010年05月10日 05:10に投稿されたエントリーのページです。

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