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通訳者に似ているドラマ脚本家の視点と思考

 先日(4月11日)に NHK教育テレビ『ETV特集』で放送された「トライアングルトーク 〜ドラマは女が創る〜」は、いろいろな次元でおもしろい内容でした。

 大石静、中園ミホ、田渕久美子という人気も実績もある脚本家が3人だけでお話をする番組でしたが、それぞれの人生経験や人生に対する希望や不満などが「テレビドラマの脚本執筆」という共通の仕事に異なる態度で望まれているところなどが、通訳者にも共通するとも思いました。

 通訳者も、私/俺には通訳業しかないんだ、と信じてやっていらっしゃる方もいれば、社内通訳という切り口で入社して実務者のポジションを狙っているような方もいますし、実際、インハウスの通訳者である限り「スタッフ」ではない、と通訳の仕事を下に見ている通訳者さえいます。その逆で、過去にスタッフでいた人が、勉強して通訳者になるケースもあります。

 個人的に一番苦手なのが、私はいつでも通訳なんか辞められるなら辞めたいの、と言いつつ通訳以外の部分では努力しないで、結果的に通訳しかできてない人。

 ドラマの脚本家も、いろいろな制限のなか苦労の多い職業なんだろうなぁ、ということがよく理解できましたが、大変な仕事に望む心構えが三者三様なのは、よく理解できました。

 一番人間として(またルックスも)魅力的だと思ったのが中園ミホさん。OLを1年3ヶ月やって、会社勤務が自分に不向きであることをイヤというほど味わって、その後、高名な政治家を相手に占い師までやった経歴の方なのですが、中園さんが一番、地に足のついた現実を踏まえているように感じました。人生や世の中の表も裏も見ているから脚本が書けるような人で、一番多く【現場】にかんする発言をされていましたし、何より主演女優とケンカもするという部分と、脚本家が漫画家のようにきちんと取材していないことに疑問を投げかけている普通な感覚が最高にステキでした。

 他の脚本家が、通訳者同様、私たち特殊な仕事だからねー、ふーん、そうなんだぁ、と、どっか特権階級的で排他的な部分があるのに、中園さんは、自分の過去も含めて、現実をすべて受け入れている潔さがかっこよかった。

 事前に資料が出ないと、そのことだけを言うプロ通訳者がいたりしますが、雇う側から言わせていただけるなら、会議資料以外にも「資料」はあるだろう、と言いたくなることもあります。

 中園さんは脚本を書くための「取材」について複数回、触れられていましたが、他の2人から積極的な賛同は得られなかった感じでした。残念なことです。

 通訳者も、特にフリーランスのプロであればあるほど、普段からいろんな意味で「取材」をして欲しいものだと思うのですが、ニュースさえ見てないだろう、という通訳者も決して少なくないというのが個人的な感想です。

 でも、どんな業種でも、普段から勉強したり取材をしている人材というのは、やっぱりイザという時には、していない人たちとは違うことがわかるものだと思います。着物でもスーツでも、普段から着慣れていない人が身に付けたら分かるように、通訳者でも、その場限りの人なのか、プロフェッショナルな意識を普段から持たれているのかは、第一印象で分かります。

 その点、上記の脚本家3人は、話をよく聞くまでどういう人たちなのか、わからなかった、という点は通訳者とは確実に異なる部分でした。

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2010年04月30日 05:55に投稿されたエントリーのページです。

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