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バラク・オバマの気になる "I believe"

 1月23日夜、NHK BS-1『BS世界のドキュメンタリー』で放送された「近くて遠い大統領 〜ホワイトハウス記者のジレンマ〜」("Full Access?")を見て、一昨年の大統領選挙中から気になっていたことが、頭をよぎりました。

 どうして、アメリカ国民は "I believe..." をしつこく無表情で繰り返す人物を大統領に選んだのか。

 アメリカの大学へ留学していた時のこと、言語学の教授がこんなエピソードを披露しました。

 その大学の英語学部で、新しい学部長を選ぶにあたって数名の候補者を選んだときのこと。とある候補者から送られてきたカヴァーレターを読んで、その教授は、この人は良くない、と思ったそうです。理由は、カヴァーレターで繰り返し使われていた "I believe..." というフレーズ。結局、その候補者は選ばれなかったとのこと。また、後日談として "I believe..." 候補者は、他の大学において色々と引っ掻き回した過去が伝わってきたので、余計に選ばなくてよかった、とのことでした。

 では、 "I believe..." の多用がどうして好ましくないのかというと、それは一人称の信念だからです。よく言えば信念がある人なのでしょうが、悪く言えば独善的な人。よく言えば独自のスタイルがある人なのでしょうが、悪く言えば他人を自分に合わせる人。

 歴代の大統領スピーチやジャーナリズムを専門に学んだわけでも傾聴・注視してきたわけでもありませんが、バラク・オバマの "I believe..." 使用頻度は高いと思います。

  "I believe..." は直訳すれば、私以下のことを信じる、という意味です。あくまで「私」が信じることですから、世界の真理や公理とは異なっても、発言としては真理であり真実である、ということの表明です。英語圏の常識として、それを聴く側の人間は、あくまで他人の意見ですので、同調することも反論することも可能である、というコンテクストというか文化的な前提があっての発言であることを認識する必要もあるかと思いますが、それでも上記の大学教授(アメリカ人)のように、 "I believe..." の多用はおかしい、と感じる人たちもいるのです。

 バラク・オバマの人種(黒人と白人のハーフであること)やカリスマ性など、大統領選挙戦に勝ち抜いた理由はあるのでしょうが、ホワイトハウス記者たちがオバマ政権になってから自分達の役割や取り扱われ方に変化を感じている姿を上記ドキュメンタリーで見るにつけ、社会のコミュニケーションのあり方(常識)の変化を考えさせれました。

 バラク・オバマのコミュニケーション戦略は、直接的に国民に語ることを重要視しているようです。別な言い方をすれば、テレビが一家に1台お茶の間に鎮座していた古い時代が終焉を迎え、家族1人(もしくは部屋ごと)に1台あって当然の家電品となって以降、現在の携帯メールやツイッターなどを使った個人的な通信手段が確立された社会では、マス・コミュニケーションさえも究極的には個人的な一対一のコミュニケーションのようになりつつあるのかもしれません。

 大学部の学部や組織、あるいは一国の国民を束ねて率いるには "I believe..." は強烈すぎるのかもしれませんが、一人一人と「対話」して導くには、 "I believe..." は親しみさえ覚えるクールな情熱とも受け取られるのでしょう。現にアメリカで世論調査をすると、大統領としての支持率はじり貧である一方で、バラク・オバマ個人としては魅力を感じると回答するアメリカ国民が今でも多いという結果にも現れていると思います。

 では、通訳者として番組から何を感じたかといえば、場所やシチュエーションに関わらず、場合によっては話法に左右されずに、話者が誰を対象に話しをしているのかを感じ取る必要性です。

 個人的には、英語の発言でも日本語の発言でも、あやふな表現はあやふやなまま訳すようにしていますし、もちろん、余計なことは付け加えないし、語調や話法に手を加えることもしたくないと考えています。(直訳で伝わらないことが明確な場合は別ですが。)また、一部通訳者のように、通訳のようでいて実は自分が理解したことの生中継のような行為(「ということは…、〜ってことなんですねぇ!」)だけは絶対にするまいと心に誓っています。

 通訳者はジャーナリストではありませんが、話者が本当は誰に向けて話をしているのかを理解しないことには適切な通訳ができないこともあると思います。企業の記者会見だって、本当に記者さんお願い理解して、という種類のもから、実際には行政当局や同業他社へのメッセージ発信だったり等、本当の agenda は資料に書かれていないことのほうが多いのです。

 それにしても英語の "you" は単数形も複数形も同じだから、バラク・オバマのようなコミュニケーターには最適な言語と言えるでしょう。しかも、フランス語やドイツ語のように、普通の「あなた」(vous、Sie)と親しい「あなた」(tu、du)の区別もありません。生まれた言語圏にも恵まれた人なのです。

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【補足】
1月31日付『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙にこのようなオピニオンが掲載されました。
http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704094304575029110104772360.html

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2010年02月05日 05:05に投稿されたエントリーのページです。

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