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「」=“”にあらず

 池田信夫氏のブログ経由で知った勝間和代氏のプレゼンテーションを見て思い出した経験を。

 以前、勤務していた組織から某大手S社に英訳を発注して、届いた訳を校正した際、愕然としたのが「」の扱いでした。日本語の場合、カギカッコに挟まれた表現は必ずしも原典のある引用ではないのに、それを原典があるもののように""で挟んで訳すから、まるで引用元があるように英語では見えてしまうのに、それでOK、ノープロブレムだし、ネイティブもチェックしてあると開き直られたのでした。

 いや、仮に""で挟んだ引用があったら、引用元に定訳があるかないかの確認するか、翻訳依頼者であるこちらの担当者に資料として提示を求めるとか、そういうことをしてはじめて正確な「訳」が完成するのでは、と思いましたが、S社的には日本語を求められるまま英訳してネイティブ校正しているのだからいいだろう、という態度。

 英語の場合、単語ひとつでも引用である場合には文中でダブルクォーテーションマークを使い、その表現やフレーズ/センテンスが引用であることを表します。(引用文が長い場合は、インデントされた段落として表示。)少なくとも英語圏では、論文でも新聞記事でも、引用はこのように扱います。(細かい英文法は学会や出版社/出版物ごとに定められているケースもあります。)

 日本語の場合、仮に『Aさんは「〜」だ』というセンテンスがあったとした場合、カギカッコは英語同様、厳密な引用である場合もあれば、一般的な意見(世論)という意味であることもあれば、極端な場合、書き手がその理解を基に要約したりする(意見的かつ主観的な)ケースもあるはずですから、厳密に引用であるという証拠なり裏が取れない限り、英訳する際にはダブルクォーテーションマークは使うべきではなく、that〜構文にするとか、ニュアンス的に許されるのであればイタリック体にするなど、手段を講じる必要があると思うのです。

 もしかすると日本の翻訳業界の「常識」を理解していないかもしれませんが、アメリカで修士レベルの論文を書いたこともある者として、引用元のない引用ではない日本語の「」を英語のダブルクォーテーションマークへ単純に置き換えることは、場合によっては誤訳であり、場合によっては誤解を生むミスリーディングな措置/不作為(怠慢)だと思うのです。

 引用の件は無視したとしても、定訳のある企業理念なども質問することなく勝手に独自訳をつくって、ネイティブ・チェックさせている不毛な仕事ぶりに違和感を覚えました。ネイティブ校正者が悪いのではなく、翻訳コーディネーターがそういうチェックをすべきなのです。別な言い方をすれば、「」=“”だと思っているような翻訳コーディネーターは給料もらう資格ナシ。また、英訳者も、「」が引用元のあるものかどうか質問できないならば、英語を本当に理解しているとは言えません。普段、目にする英語の新聞や雑誌の記事は、そういう前提で書かれているのに、英訳の際は「訳」だから独自ジャパン基準でいいとでも考えているのでしょうか。

 若い頃、Jay McInerneyが書いたBright Lights, Big Cityを読んだことがあります。映画化された際、マイケル・J・フォックスが演じた主人公は出版社で、出版前の原稿に書かれている事柄が事実かどうかチェックする仕事をしていました。インターネットが一般的に利用さる何年も前の話ですからその主人公はあらゆる所へ電話をかけて確認をするのでした。自分もインターネットでウェブ・ブラウジングができるようになり、尚かつ情報が揃うまでは、大使館などへ電話して質問したものです。

 現実的な話に戻りますが、大手S社へ翻訳業務を委託した主な理由は英訳したものを製本までしてくれるから海外への提出がラクという判断した。はい、当時のアメリカでは大学の前には必ずあった Kinko's も日本進出してなかった時代でしたから、そんなことが委託業者として魅力的と考えられる時代でもありました。担当者がいいかげんな英訳を望んでいたとも思えませんが、そこまで英語がわかる人でもありませんでした。翻訳会社の担当者(営業&翻訳コーディネーター)と企業など発注側の担当者が、英語の細かいことまで分からないで「別に英語になってればいい的合意」を締結している場合、英訳チェックに呼ばれた通訳・翻訳者が最大限の誠意をもって校正すると、引用の問題にぶつかることになります。担当者から「ほどほどに」と指示があれば、手加減してもかまいませんが、何の指示も無い場合、最大限の努力をし、誠実に業務を遂行するのが仕事ですから、きちんと仕事をしました。しかし、それは同時に、「合意」の当事者には、非常にウザったい存在となることもあるのだ、ということを体験させていただきました。

 ただ、その担当者さん、同じS社に会議同時通訳業務と議事録作成をオーダーした際は、すごく細かいことにこだわっていました。言葉遣いなど、同時通訳ブースにメモを頻繁に入れ、こちら側のネイティブがおかしいと思った英語表現は英語版議事録では訂正をかけたり、即刻指導したりと、どっちがその人の本性なんだろうって、今でも不思議ですが。(エラい人が相手だと英語では副詞の使い方ひとつで、ネイティブが納得する正確な訳になったりならなかったりすることがあることを現場で学ばせていただきました。)

 これから社内通訳者となられる方々、業務ごとに「大衆食堂」のノリでよかったり「高級フレンチ」でなくてはならなかったりしても驚かないでください。通訳者にはなぜか伝わって来ない業務のポジショニング(重要度)は、担当者しか知り得ないものですから。


◎池田信夫blog「勝間和代氏のためのマクロ経済学入門」
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51307531.html

◎勝間和代公式ブログ: 私的なことがらを記録しよう!!『国家戦略室への提言「まず、デフレを止めよう~若年失業と財政再建の問題解決に向けて」 』
http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/private/2009/11/post-288b.html
(この記事からダウンロード可能なプレゼン資料のPDFファイルを見ると、勝間氏はキーワードのハイライト的にカギカッコを使っていることが分かります。日本語の「」が英語の“”とは異なることの証明にもなっています。)

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2009年11月07日 20:11に投稿されたエントリーのページです。

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