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英語(外国語)学習のすすめ 25歳限界説

 度々の勝間和代ネタですが、お許しを。

 ビジネスの世界でのみ評論・講演をしているうちはいいのでしょうか、経済の仕組の解釈・説明から日本人のライフスタイルなどまで、幅広く意見表明を続け、相変わらずフォロワーとヘイターを生み出しているようです。勝間さんは、自分のなかでは、上野千鶴子と同じカテゴリーの論客であり著者ですから、別にどうでもいいのですが、長い人生をどう設計するか、という話をする一方で、離婚していいから結婚はすべき、では収まらず、ついには非婚でいてもいいのは35歳まで、と限界説まで主張されます。そんな理論を掲げてもSPが付かないくらい許されているなら、企業内通訳を務めてきた者として言います。

 社会人なら英語くらい勉強しておけ!

 独身の限界が35歳ならば、英語的なセンスを身につけるならば25歳とします。(以下は勝間さん風にパロディ文章として書きますので、早口かつ無表情でまばたきはしないでお読みください。)

 英語というのは、皆さん身近に感じられている「問題」だと思います。外資系企業がこれだけ日本へ進出していて、また、日本の企業が海外へ進出している、我々はまさに国際社会のなかで貿易という経済活動をおこなって、それぞれ何らかの恩恵を得て暮らしているのに、英語(外国語)能力については特技以上の特別な能力だと考えている人が多過ぎます。しかし、例えば、血液型別性格判断において、あなたはB型だから外国語が得意、あるいは不得意、といった判断は存在しないんですね。ということは、血液型性格判断の世界でも、逆説的とはいえ、すべての血液型の人に外国語能力がある、というデータとして扱うべきなんですね。

 総務省や文部科学省から発表されたデータを見なくてもわかることですが、日本人の英語能力が世代ごとに改善された、という事実はないんですね。あれだけアメリカのポップカルチャーなど外国かぶれだった団塊の世代でも、英語が得意というのは珍しいことですし、今の二十歳代前半だって、少なくとも中学に入った瞬間から外国人の英語ネイティブ・スピーカー(いわゆるAET)が学校にフルタイムで常駐していたからといって、AETなんかが存在しなかった世代の人たちよりも英語が平均的に得意か、というと、そんなことはない、ということは、私もさまざまな場で、繰り返し、口紅が11分程度で完全に落ちてしまうくらい何度も申し上げていることです。口紅は落ちますが、顔に表情がないのでアイラインやアイブラウは大丈夫です。

 日本人が英語を学習してこなかった根本的な理由は、日本人の先延ばし文化にあると私は考えます。住宅の二世代ローンというのがありますが、英語能力の習得も二世代でおこなっている人たちがいるのは、私のまわりにもいますし、皆さんも実感されていると思います。(データが無い部分は、「実感」やみなさんもそうですよねロジックで埋めておきます。)英語が得意でない親が、子供には苦労させまい、と小学校に入る前から英語を習わせるといった無駄な投資をされています。なぜ無駄かといえば、幼児期に英語を学んでいたために中学生で英検2級もラクラク合格した、とか、社会人になっても高度な論文を英語で読めるようになった、などリターンが明確ではないんですね。さまざな論文やデータなどを見ますと、子どもというのは成人してからも親の行動・思考パターンを真似るという結果が出ているわけですから、親が子どもの前で一生懸命に英語などを学習する姿を見せていない限り、子どもも親と同じで英語力は欲しいけど先延ばしでいいや、という行動を取りやすい、というのは統計でも出ているわけです。そういう意味でも二重に幼児期の英語教育とは無駄なことなんです。少なくとも長期的なリターンという意味においては。

 英語は現在、学校では中学1年生からの必須履修科目ですから、中学生から英語を勉強しても遅いとは思いません。ただ、他の科目とは違って、課外活動的に英語を使うような行動を促進しなくてはいけない科目なんですね。そのひとつがAETの配置であったりするのですが、英語の課外活動をもっとさせるべきなんですね。体育会系の部活というのはリターンとしては非常に効率の悪いお金と時間の投資なんですね。旧帝大系の国立大学でアメリカン・フットボール部に入ったり、早稲田大学でラグビー部に入ったり、と確かに部活動によっては、ラグビー場のすぐ近くにある商社に内定をもらったり、就職活動を有利にすることも可能ですが、それはむしろ例外中の例外であって、大部分の大学生は就職活動で非常に苦労しているのです。どこの部分かといえば、英語能力なんです。

 海外に目を向けると、例えば日本以外のアジア諸国では、大学を出て大企業に勤めるような人たちであれば、英語も話せる、というのは当たり前のことなんですね。日本だけはなぜか大学を出ても英会話すらロクにできなくても当たり前、というのとは対極にあります。英語は勉強すれば覚えられるもの、ということは皆さん理解されているのですが、実際に勉強して身に付けた人があまりにも身近にロールモデルとして存在していないことと、先ほども言いましたが私の性格なので繰り返しますが、日本人の「先延ばし文化」が非常に大きな影響を与えていると見るのが合理的だと考えます。

 結婚を躊躇する人が増えていることを「晩婚化」と言うのであれば、英語を学ぶことを先延ばしにして結局は学ばないで人生を終わることを「愚豚化(ぐとんか)」と呼びたいと思います。普通、養豚場のブタであれば肉の関係で生後半年程で出荷されます。餌によって肉の風味が変わってきますから、出荷の約ひと月ほど前から出荷用のペレット(飼料)に変更となります。ブタには感情もあれば、身内とヨソ者とを区別・排除する知能さえもあるのですから、出荷されずに子ブタを生むだけの母ブタはいいかげん、気が付いてもよさそうなものですが、ペレットが変わったら我が子が危ない!と我が子たちを守るという話は聞いたことがありません。私のことですので、例によって失礼な例え話をさせていただくならば、このグルローバル経済の中で、戦後ずっと輸出依存型の経済活動で潤ってきた日本という国に暮らしながら英語が必要だと考えないできた親というのは親ブタと同じだと思うのです。変化に気付かないで行動に出ない、というふたつの点において本質的には一緒なんですね。

 そこで、具体的に以下のことを提案します。


1.まず、何歳でもいいから親が英語を勉強する。
2.子どもに英語の重要性を教える
3.親の離婚や別居などで子どもの英語学習欲が減退しないよう夫婦仲を健全に保つ

 他の事務職もそうですが、事務処理や外国語をつかったコミュニケーション業務(翻訳、オペレーター業務など)は体力や肉体を酷使しませんから、女性でも男性でも平等に参画できる仕事です。しかし女性が大多数の職場では、女性軍が男性陣に対してメス化もしくは女性軍への服従を求めるような女性によるセクハラが横行する場合もある、というこは、携帯電話のショップや通訳者を大勢必要とするイベントやカンファレンスで働くとよく分かることだ、という意見もあります。

 英語を勉強して、英語能力を身に付けると、以下のようなことをしなくなるメリットも考えられます。  


1.「英語できる分、日本語がわからないのでしょう?」という
   言いがかり的なイヤミを言わなくなる。
2.英語で普通に外国人と会話している日本人への嫉妬心が減少
3.英語さえできたら自分の人生、もっとよかったはずなのに、という
  負け犬特有の悔しさと憎しみが消える。

 結婚しないと35歳以降、得る情報や見聞すること、はたまた人間として大切な経験までできないから、未婚のままでいると格差ができるといわんばかりの不美人経済評論家もいらしゃるようですが、私はむしろ、英語が話せない、英語の本や新聞・雑誌が読めないことによる情報格差のほうが深刻だと考えますし、外国人と接することから得られる情報や視点、マナーなど、年収やライフワークバランスとは関係ない部分での人生を豊かにする経験ができなくなるのでは、と懸念します。

 英語能力を身に付けることで、より広い総合的な視野を持てるようになる可能性は高くなります。

 英語学習を先送りするのではなく、ぜひ思い切って今日からでも実行してみてください。既婚者であれば子どものためにも。


【註:このエントリーは勝間和代のパロディ(文章ものまね)であり、勝間氏や弊サイト筆者の意見が必ずしも正しく反映されたものではありませんので、ユーモアとしてお楽しみください。】

勝間和代の『誰でも出来る』日本支配計画〜第36回「結婚のすすめ(1) 35歳独身限界説」 (2009.11.5)
http://morningmanga.com/katsuma/091105.html

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2009年11月15日 05:05に投稿されたエントリーのページです。

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