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とある地方の通訳講座

 昔むかしのこと。通訳者としての経験がまだ浅かった頃、当時在住していた県主催のボランティア通訳講座で講師を務めたことがあります。受講は無料(もしくは低額だったと思います)でも講師には県から謝礼が出る、ということで、引越貧乏だった私は、喜んで先輩通訳者からの誘いに乗りました。

 当時、国際的なイベントの開催を控え、英語力に自信のある人からそうでない人まで、毎週土曜日に数レベルのクラスが開催されていました。実際に講座を始めるにあたって、実際のクラスを見学させていただいたのですが、驚きました。江戸時代に関するテキストを取り上げていたまではよかったのですが、courtesan の訳語としてペアで教えていた日本人もネイティブも「売春婦」と和訳していて、目を丸くしたことがあります。日本語でも一部は「傾城」(お殿様が熱を上げて城が傾くくらい入れあげたという超高級花魁)と呼ばれていた遊女のことを通常、courtesan と訳すものだと考えていたので違和感を覚えました。アメリカ留学中、浮世絵展で見かけた傾城や(浮世絵の題材となるほど高級・人気の)遊女のたいぐいは courtesan と訳されていましたし。その授業は、あくまで見学だったため、あえて意見ははさみませんでした。オブザーバーだったこともありますし、あのクラスの受講生が courtesan という単語を実際にボランティア活動で使うとも思えなかったからです。有名な色街がある土地でもなく。(確かに辞書によっては「売春婦」という訳語しか与えてないようなものも存在しますが, courtesan だって court が入っている単語ですから、語源的にも単なる売春婦なワケがない!)

 そういったことがあったので、自分がアメリカ人女性と一緒に担当したクラスでは courtesan =売春婦、みたいなことは絶対にしないと心に決めていました。しかし、見ているのと教えるのとでは大違いで、クールに装いながらも主婦・主夫は homemaker がいい、とか、障がい者は (the) challenged が一番 politically correct とアメリカ人女性の旦那さんに教えていただいたり、とかなり勉強になりました。いま考えると当たり前なのかもしれませんが、当時の自分としては「なるほど」の連続でした。実際、そういった表現が使われている CNN ニュースをたくさん見ていたにも関わらず、そういった観点で注意してないとアンテナ(レーダー?)に引っかかってこないものだということも勉強になりました。

 関係ありませんが、おそらくその流れで、自分は可能な限り「外国人」や「ガイジン」を non-Japanese と訳します。2009年の今でも、ジャパン・タイムス紙やタイ人の話す英語では foreigner 以外、考えられないというのも理解していますが、日本は単一民族国家ではありませんから、民族も意味する Japanese を使うことにためらいがあります。知人や親戚にアイヌの人やコリアンがいるわけではありませんが、高校生の頃、日系2世のアメリカ人にお世話になったこともあるためか、言語に対する民族や人種と国籍のルーズな関係が気になるほうです。

 その県で通訳業務ができたことは、今になってみると、かなり幸運だったと思います。いきなり、超プロフェッショナルな結果を求められたわけでもなく、当時は毎年開催されていた国際的な芸術交流の場では夏休みを利用して有料ボランティア通訳のようなこともできました。(同じ先輩通訳者からの紹介でした。)公共機関のパンフレットの英訳(下請け)でパソコン代を稼いだり、といったこともしました。ただ、自分がいた所では、英語の通訳や翻訳というと限られた人達が「顔」として君臨していて、「顔」ではない新人通訳者は「ああ、そうですか」と言うしかない状況もありました。知っている/業務で使える単語への愛着と知らない/業務で使ったことのない単語に対する嫌悪の落差がかなりあるようで、「日本列島は…」みたいな英訳で archipelago という単語を使ったら group of islands に変更されて同僚と「?」と顔を見合わせたり、よくありました。逐次通訳の会議で、明らかな誤訳を聴かされても、同じく経験年数の少ない新人通訳者と自分は「?」と思いながらも、その県では「顔」のプロ通訳者に異議をはさむわけにいかず、もじもじ。

 マイペースで独学OJT通訳だったわりには、あいつは使える、と評判になると、「顔」さん達や英語能力には自信たっぷりのバイリンガルのネイティブからは、あっという間にうとまれる通訳者になりました。日本人のプロ通訳者のなかには、海外経験ゼロであることを半ば自慢げに話す人もいますが、日本語が流暢な英語ネイティブの方々でも、留学して高い英語力を身に付けた日本人を敵視することに気が付きました。要するに、日本人でも外国人でも、自分は基本的に自国で外国語をマスターしたことを誇りに思う傾向が強いのか、学部留学して卒業するようなチャンスに恵まれた奴はルール違反だと言わんばかり。国際貿易ならばWTOに訴えてウサ晴らしもあるのでしょうが、通訳や語学の世界でそんなことはできませんから I don't like you. 視線で見つめるしかありません。

 アフリカ系アメリカ人たちは、いわゆる「黒人英語」を使い、わざと独特の訛りで標準的な英語とは異なる文法で話し、自分たちをバカに見せて白人優位社会で「脅威」とならないように奴隷制度が終わった後でも生き延びてきた、という学説まであるくらいですが、一部の中途半端バイリンガル白人ネイティブ・スピーカーの態度を思い出すと、すごく納得できます。自分のように、電話口でアメリカ人と間違われるような英語を話す日本人は、彼らには「脅威」なのです。(日本人社会的には、私服だと日系アメリカ人みたいだった自分は、超はみ出し者でしたが。)

 それでも、実力のあるバイリンガル白人ネイティブ・スピーカーには colleague として見ていただいたため、自主的な勉強会を共同で開催したりと、研鑽の機会にも恵まれました。経験が無い方に是非おすすめしたいのが、英語ネイティブの日英通訳を聴いてみること。丁寧語の英語表現から、普通のなんでもない英訳まで、参考になります。目から鱗。考えてみると、英訳ならばネイティブ・チェックという形で翻訳者にフィードバックされることもあるのに、通訳者って、英語にかんしては発音から表現からイントネーションまで、フィードバックされない前提であり、されたとしても日本人からのみというのは、健全なことではないのかもしれません。そういう意味では東京でも、スクール経営もする大手エージェントや有名通訳者が「顔」であることは同じですから、過去の某地方も、現在の東京も、あまり変わらないのかもしれません。

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2009年10月05日 05:55に投稿されたエントリーのページです。

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