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とある Songwriter の話

 もう10年以上も前の話ですが、世界中でこの人の名前や顔は知らなくとも、この人が書いた歌を一度も耳にしたことの無い人は絶対にいないだろう、と言えるくらいの人の通訳をしたことがあります。当時、某アメリカ企業のグループ(下部組織的)会社に勤めていまして、いきなり日本法人の社長から、アジア旅行のついでに奥様と2人で日本に来るからアテンドして、と当時の上司が仕事を下ろされてしまい、さあ大変。失礼にならない時間を狙ってベバリーヒルズの豪邸(想像ですが、長年に渡って著作権収入だけでもかなりと思われる方ですので)へ突然、電話をして、???な状態から、いろいろお連れしますが、オープンセッションという形で日本の従業員とQ&Aでも、と交渉成功。で、次は「通訳よろしく」と一人だけ指さされ、焦りまくりました。

 いくらその企業で通訳してるからって、当時は通訳経験年数はまだ5年にも満たないし、いくら部署ごとに通訳が張り付いている制度だからって、もっとベテランの人とかいるのに…、と思いつつも、他部署との交流が大嫌いな管理職ばかりなので「借りは作らない主義」を通され、本当にトホホなことに。

 もっとトホホだったのが、当時、ホームページやメールなど、かろうじてインターネットはありましたが、まだまだ黎明期の時代で、調べようがなく、そこで、コネクションのある別の部署の通訳者にお願いしてレコード会社へ問い合せしていただいたり、その部署の資料やらCDのライナーをコピーさせてもらったりしたのですが、どう考えても作品が多すぎて、リストを作ったりなんて出来ない状態。おまけに、アメリカではオールドファン以外にも有名な楽曲でも、日本人はほとんど知らないし、日本語タイトルを覚えたところでオーディエンスはポカーンだろうし、あああ…、でした。

 フリーならば「資料が無いので」とか断ることもできるのでしょうが、社内通訳者は断れません。フリー通訳者こそプロ通訳者と思っている方がいるようですが、どんなトピックでも振られたら断れない社内通訳者の方が、よっぽどプロ意識だけは持たないとくじけてしまいます。通訳スタイルだって、同時通訳ならばブースにこもっていればいいのでしょうが、そんな設備もなく、社内通訳でオープンセッションだと壇上でゲストの隣か後ろに座って多少は作り笑顔でもしてないといけないって、ラクではありません。

 そして当日。中くらいの会議室に集まりました興味のある従業員の方々。その Songwriter氏、会社のお偉いさんとのランチが延びて全員待ち状態。いつ来てもいいようにとスタンバイしていたら、同じ壇上に誰が呼んだか Songwriter氏の作品やアメリカの音楽やら映画に詳しくライナーノーツなんか書きまくりの評論家まで来てるではありませんか。とほほ…じゃなくて、愕然。ちょっとでも誤訳したりあやふやなこと言ったら、即訂正されるんだろうなぁ…、と心細くなっているうちのご本人の登場。拍手のなかセッションは始まりましたが、司会者の話やらウィスパリングしたのかどうかも覚えてないくらい舞い上がってしまいました。そして、更なるショックが。

 その Songwriter氏、高齢なのもありましたが、体調のせいもあったのか、超モゴモゴお話しされるではないですか。でも質問された日本語は自分で英訳して、彼の言葉を和訳(逐次通訳)しなくてはならないので、しどろもどろ。幸いに楽曲のことはあまり出なかったのでゴマかせましが、自分の通訳が悪いのか、評論家氏は、某有名女優の前の前の旦那と一緒だった時代のことなど関係ない話までしていただいたり。なんとか、そろそろ時間となりました、で終了。通訳者ならわかると思いますが、ついてはいけないため息を自分のためについてしまわないと次へ行けない瞬間があるのです。

 その後、お偉いさんランチ担当の先輩通訳者から、よくあのモゴモゴ聞き取れたわね、と言われたり、一部の出席者の方から誉められたりしましたが、同時に、自分のなかの出来不出来と他人の評価って、こんなに違うものか、というのも思い知らされました。

 で、どうしてこの話を思い出したかというと、当時でも既にあの人、まだ生きていたんだみたいな高齢でしたが、今も元気で暮らしてられるそうで、最近アメリカで公開されたドキュメンタリー映画でショッキングな事実が明かされたと、彼の作品のファンの間では話題になっていることをインターネットで知ったからです。予告編で見るその Songwriter 氏は、10年前よりも元気そうな顔をしていて、80歳を超えるというのに、しっかりインタビューに答えていました。

 いわゆる芸能人ではないので、来日も極秘だったわけではありませんが、上記評論家氏以外にはメディア側の人たちとも交流することもなく、アジアからカリフォルニアへの帰路に東京へ2〜3日だけ立ち寄ったとのことでした。半日だけのアテンドでしたが、印象深い記憶として残っているのは、そのアメリカ企業へ勤める前は、特権意識の高いヨーロッパ人やらの相手をしていたせいか、いくら奥様と一緒とはいえ、文句ひとつ言うことなく、やや蒸し暑い東京ですばらしいと思うものには全身で賞賛することを惜しまない Songwriter に何かを学んだような気がしたからかもしれません。

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2009年05月24日 21:18に投稿されたエントリーのページです。

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