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清水義範・著「愛と日本語の惑乱」

 小説としておもしろいだけでなく、通訳者として避けて通れない「用語」の話がたくさん入ってます。主人公は「SNKの放送用語委員」という設定ですが、出版社の社員と会話する不適切(な/かもしれない)用語に関わる話は通訳者として読んでおくべきかもしれません。中国の地名をどう表記するか、といった話題も個人的には耳が痛い話でした。フィクションなんですが。

 比較的さいきんのことですが、「大乗仏教」「小乗仏教」といった用語も学会では不適切、という話を聞いて驚いたことがある者として、プロ通訳者であれば数十年前の学校教育のままタイプカプセル状態の「常識的用法」を虫干ししてみるいい機会かな、と思いました。あくまで自分のために。タイムカプセル的大御所の用法を指摘してみても無駄な努力に終わること間違いありませんから。

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2008年12月19日 13:45に投稿されたエントリーのページです。

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