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口調 - 綾小路きみまろが心がけていること

 以前、勤務していた会社の社長さんは、奥様を「うちのバアさん」と呼ぶ人。最初は誰のことだか想像がつかずに外国人エグゼクティブの通訳者として一瞬、かなり困ったことがありました。その社長さん、年齢的にご祖母が存命とは思えませんでしたが、お子さんから見てのご祖母であれば母君が存命の可能性もあるし、などといった思考が頭の中をめぐりました。結果的に奥様のことであることが分かったので事なきをえましたが、冷や汗ものでした。

 人には口癖があります。言葉遣いであったり、ボキャブラリーであったり。通訳者にもあります。自分は「〜と思います」をやや連発するクセがあるので気をつけていますが、話者のトーンや、聞き手が勘違いしない言葉遣いや口調を心がけています。

 前の会社でご一緒させていただいた某男性プロ通訳者は、かなり命令口調で日本語出しをする人でした。ちょっと耳の遠い人で、発言がよく聞こえない時は自信なさそうな口調で訳すのですが(同業者とては同情します)、明確に発言が聞こえてくる人(特に社長)が、こうせねばなりませぬ、と言っているだけなのに、ヒトラーの演説を通訳しているのか?と思えるほど激しく檄を飛ばすように訳す人でした。

 先日、その前の会社で働く後輩と食事をした際、私の後任の通訳者(男性)が、社長のメッセージを上目線で社員を見下すかのような口調の日本語訳をするので困っているという話を聞き、男性通訳者って、そういう傾向があるのかなぁ、と考えてしまいました。

 自分も男ではありますが、前の会社では、社長が色々と管理職へ指示を出すことが多かったのですが、社長との会議は何度しても緊張する、という地方にいらっしゃる方々も多かったので、「我々」とか「あなた」という表現は極力さけ、we であれば意訳と批判される覚悟で「一緒に」「会社として」などと工夫していましたし、you をそのまま訳すようなことは日本語的になじまない部分も多いので、可能な限り「〜部長」「〜支社長」などと名前を使いましたし、明らかに事業所や支社を指す場合は、そのように訳しました。

 工夫しよう、と思ってしていたことではありません。同じ会議室にいたり、同時通訳ブースから社長の命令を受ける方々を観察していて、通訳/翻訳チックな日本語だと、耳には入っても頭や心には入ってないな、と思えるようなことがしばしばあったため、少しずつ工夫した結果でした。他の役員の日本語発言は、よーく分かりますみたいな表情をしているのに、自分が通訳した日本語だと、なんとなく響いてないような顔をされては、自分の通訳能力まで疑われかねませんから。

 昨日、NHK総合テレビの朝の番組に、漫談師の綾小路きみまろ氏が出演されていました。そのなかで、氏が語りにあたって、男性ことばと女性ことばの中間を心がけている、という発言を聞き、感心しました。これは氏の公演の客席には男女ともいるから、という配慮もあるのでしょうが、特定の口調や言葉遣いに偏らないよう努める意識というものは通訳者としても考えるべき問題でしょう。

 言葉遣いとは、視点や話者の属性にも関わる問題ですが、話者がいれば聞き手もいるのは演芸でも通訳の現場でも同じこと。英語で命令形であるからといって、日本語で命令口調で話してもいい、というものではありません。

 You must eat this. を「おいしいわよ」と訳したら戸田奈津子並の意訳と言われるかもしれませんが、「あなた方はこれを食べなくてはならないのです」と訳すのは誤訳と呼ばれるべきものです。

 最悪、社内会議で you を「あなた方は」と訳したとしたも、外部の方がいらっしゃるような場面でも「あなた方」と訳すような人は、通訳者としての適性に欠ける、と言ってもいいでしょう。時と場所によっては you を「みなさん」などと訳せない通訳者を一流とは呼びたくありません。

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2008年10月18日 17:46に投稿されたエントリーのページです。

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