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冠詞について

 押井守・岡部いさく著「戦争のリアル」の一節に、通訳者として身につまされるものがありましたので紹介します。

岡部ーー(略)新聞とかああいうところでよく言われるのは、戦争は必ず……とか、戦争になると弱者がとか……とか言うけど、そこの『戦争』っていうのが、じつは一般名詞の戦争なんですよ。書いたやつ、お前、一般名詞の戦争ってなんなんだよと。お前の知ってる、あるいは知ってる人にとって、伝聞の第二次大戦だけじゃんと。
 第二次大戦というのは、あれは「The War」であって定冠詞がつく固有名詞でなんですよね。戦争っていうのは、常に具体的な戦争しかないんであって、抽象的な「ある戦争」ってのは、史上起こったためしがない。
 すべての戦争が個々の事象なんですよ。そこのところを「戦争」ってのはひと括りにできると思ってる。たかが第二次大戦をやっただけ、しかも六〇年前の戦争ですよ。(pp.25-26)

 英語など冠詞/定冠詞のある言語に精通していたり、通訳をしていれば感覚や実体験でわかっていることなのかな、とも思いますが、この引用文の具体性が個人的には好きです。

「戦争のリアル」を読み進めると、日本のアニメに多い戦争というテーマは突き詰めると第二次世界戦で負けた”ルーザー“という居心地のよいポジションにどっぷり漬かってしまっていて、「戦争」という言葉が現実感の無い概念である、ような話が対話形式で展開されていきます。

 通訳とは、通訳者にとって現実感の無い話をつなぐことでもあります。通訳者である以上、実務者ではないし、発言者とは全く異なる別の個体ですから、解釈というプロセスが必須となります。そういった解釈のプロセスで、上記「戦争」のような名詞を一般名詞とするか、定冠詞付きのもにするか、あるいは無冠詞にするのか、という判断は日本語を母語にする者にとって、難しいことがあります。

 通訳者によっては、そんな冠詞のことなど全く配慮ができず、単数か複数か、というレベルで引っかかってたりしますが、厳密な話になればなるほどに、冠詞の問題とは通訳者の技量や通訳アウトプットの質に関わることです。

 これは想像ですが、外国人にとってわかりやすい通訳と言われるには、単数/複数と冠詞のしっかりした取り扱いも重要な要素であると思われます。じゃあ自分はできているか、と問われれば、あまり自信はないですが、通訳していて単数/複数や冠詞で間違ったと思った瞬間、訂正する回数は他の方よりは多いかな、と思います。特に the は重要だと考えます。場合によっては、同じ話が続いているのかどうか、the で決まるのも事実ですから、気を付けてはいます。

「戦争」ではないですが、考えてみれば、普段の通訳業務で扱う用語や概念って、言ってはなんですが、通訳者にとっては現実感のないものばかり。正社員通訳者であれば、業績分配賞与の話は収入に直結することもありますが、ITのサーバーが香港にあって、セキュリティはオーストラリアでやっていて、など、正直、どうでもいい話です。お客さまの満足感、などという概念にいたっては、想像のしようもありません。話し手と聞き手とで考えがズレていることなどザラ。でも、通訳者は中立の立場でいなくてはなりません。でも一方があきらに理解していない場合、中立性を保ちながらも語彙や冠詞を含むニュアンスを工夫することもあります。

 時制もそうですが、こういった微妙な英語表現についてもコメントしてくれる先生や先輩・同僚に出会えたら、通訳者としての伸びも違うだろうな、とも思います。用語なんかいざとなったら暗記すればいいことですが、質的なものは身に染み付けないことにはどうしようもないことですから。

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コメント (1)

ミッキー:

微妙な表現を日本にいて習得するのは難しいですよね。個人的にはNPRのラジオのニュースキャスターの表現がとても参考になってます。本当はテクニカルライターが書いたお手本の英語をたくさん読むのがよいのですが、それも長続きせず、、、。三日坊主の繰り返しが長続きの秘訣と思ってます。

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2008年10月01日 17:32に投稿されたエントリーのページです。

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