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有名プロ通訳者の共通点?

 最近、とあるプロ通訳者(女性)が数年前に書いた本を読ませていただきました。自慢話がある一方で、苦労した経験も書かれているのですが、はたして社会人として書くべきようなことなのか疑問なトピックもありました。通訳者になることや通訳業に興味がある人が読むような内容とはいえ一般書籍ですので、分かりやすいエピソードも必要なことだと思います。しかし、どうして女性がトイレや膀胱炎に関する体験談まで書くのか不思議でなりませんでした。

 その直後に読んだ別のフィクションの本を読んでいて、苦しみにのめり込み、苦しみを自慢したがる人達に関する記述があり、そういうこともあるのだろうな、と思いました。

 通訳スクールで教えるような有名プロ通訳者にも確かにいます。自分が通訳者となるためどれだけ苦労したか。(才能が無いから努力するしかなかったんでしょう、とツッコミたくなるような精神論の押しつけはノーサンキュー。)通訳者としてデビューしたものの緊張のあまり下痢になった、などとあちこちで語るような人までいらっしゃいます。膀胱炎に下痢、要するに尿道や肛門ネタも平気で話す通訳者って、同時通訳グセがひどくて、普段でも無言の時間や空白の原稿用紙よりはシモのネタ(下ネタではなく)でも語ったり書いたりするのがいいとでも思ってらっしゃるのでしょうか?共感する読者もいることでしょう。しかし、私はドン引きでした。改めて動物を愛するあまり通訳で出かけた先からペットとなった動物を連れて帰ったようなエピソードを書かれた米原万里さん(英語の同時通訳者を基本、大嫌いだった)のすばらしさが偲ばれます。

 尿道や肛門の話を書くくらいですから、当然のことながらその対局にある「口」に関わるエピソードも豊富です。忙しくて食事をする暇もないこともあるなど、多忙な理髪店や美容室など、ごくありふれた職場では必ずしも珍しくないこともエピソードとしてあげられています。通訳者が一方で肉体労働なんですよ、と言いつつ待遇だけはオフィスワーカーと同じでないと不満に思い、エッセイなど書く場や講演の機会などを与えられると「こんなこともあったんですよ」とオヤジのボヤキにも似た迷惑な巻き込み型同意強制になってしまうのは、軽微な不快感でも「苦しみ」と感じ、それを自慢したい症候群だからなのでしょうか?

 通訳者ならずとも、世の中から認められたり一流と呼ばれるには相応の努力とパーソナルな部分での犠牲が伴います。だから自分は一流ではない、単なる社内通訳者でいるワケなのですが、その分、あまり苦しみ増幅型にはならないで済んでいるかな、と思います。

 通訳者の人間性は、どれだけ自分の流儀と異なる人達を受け入れられるかによって決まる部分もかなりあると思います。自分の流派やスクールで学んだやり方しか受け入れられない人がいるかと思えば、若い通訳者と組んで学んだとオープンに話せるベテラン通訳者もいます。その本を書いた通訳者のエピソードに共通しているのは、行き過ぎた規範意識だと私は思います。三食きちんと摂るのが当たり前だ。通訳スクールの生徒はプロになるために努力すべきだ。通訳を雇う側が通訳者に最善の努力なり配慮をすべきた。行きたいタイミングでトイレに行けないこともあるのだ、売れっ子で芸能関係の通訳も勤めると。などなど。意地悪な言い方をすれば、自分の流儀や通訳者としての必要事項は意地でも曲げないけど、自分以外の人間は自分に配慮すべきでしょ、という感覚。

 笑いが笑いを誘うように、苦しみもまた苦しみを誘うものだと感じるのです。

 上記、女性通訳者が一流であることは間違いないのでしょうが、彼女が通訳をする本当のモチベーションがよく分かりませんでした。いったん就職したものの女性ということでコピーにお茶汲みという業務が嫌だったのは分かりますが、多数の男性社長さんからご愛顧いただいていることは自慢のうち。通訳者にはミステリー小説を書かせたほうがいいのでは?

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2008年08月05日 21:39に投稿されたエントリーのページです。

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