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ヨーダ通訳はしたくないのだけれども…

 映画『スター・ウォーズ』シリーズでおなじみのヨーダの台詞は、英語がゲルマン系の言語である証明でもある、などと勝手に思っています。ドイツ語を学ばれた方であれば、ニュアンスはともかく意味的には語順を替えても動詞などの活用が厳密なため意味が変わらないと、教えられたことと思います。英語は一時期、イギリスにおいて公用語ではなかった時代があるため、ゲルマン系言語特有の動詞活用などがかなり退化はしていますが、文法的にはやっぱりゲルマン系のままですのでヨーダ台詞が可能となります。

 例えば、普通の英語であれば I saw a pretty girl. と言うべきところを、ヨーダ台詞風に言い換えると、A pretty girl I saw. となります。同時通訳(ウィスパー通訳を含む)をしていると、センテンス単位で訳出しできることばかりではありませんので、フレーズ単位で切りながら訳出しをする必要があります。

 つまり、本当は「普通の」英語で訳出ししたいところではあるけれども、発言者(スピーカー)が考えながら話しをしたり、発言しながら訂正を入れたりすると、もう、ヨーダ英語で訳出しせざるをえないことがよくあります。理想的なことではもちろんありませんが、「同時」通訳である以上、何秒も空白の時間を作ることはよくないので、フレーズ単位でとりあえず訳出しをするのですが、英語はゲルマン系であっても、国際的なビジネス言語でもある英語を話す人が必ずしもゲルマン系言語のネイティブとは限りません。また、ゲルマン系のフレーズの切り方になじんでいる方ばかりとも限らないのです。

 つまり、ヨーダ英語で同時通訳をしていると「わかりにくい!」「なに言ってるか分からない!」といったクレームの元になるのです。そうは言われても、と反論したくなる反面、ネイティブ以外でも話す率が高い英語通訳の宿命とあきらめるしかないな、と割り切りたくなる気持ちも出てきます。

 母語の系統ではなく個人の性格や英語能力レベルの問題である、という反論(割り切り方)もできると思うし、実際そうでもあるし、10人中1人しかそう思ってないことだってあるので、批判は批判として真摯に受け止めるとしても割り切るしか対策がないと思える部分も多いのが実情です。

 通訳というのはサービス業であり、通訳者とは身分の低い陰の存在であるべきなのだとすれば、いかに劣悪な状況でヘンな同時通訳をせざるを得なかったとしても「すみません」と言うべきなのかもしれません。

 でも、通訳者だって万能ではないのだし、何でも訳せるというものでもないのだから、手間ひま(社内通訳者であれば研修や用語集作成などの「投資」)を惜しんでいながら最大のリターンを期待するのは間違い、であることを通訳者とごくごく一部の理解者は知っていても、なかなか関係者全員に理解させることは難しいのです。

 そういったことを考えると、これまで社内通訳者でいるのが一番いいと、個人的には思っていた自分でさえも、不本意な通訳をしないためならば、フリーになるなり、短期の契約や派遣で活躍するのもいいかな、とも思えるのです。

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2008年07月20日 22:15に投稿されたエントリーのページです。

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