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 以前、トップクラスの通訳者を3名お願いしたところ、一番若いと思われる方のパフォーマンスがふるわず、関係者一致のもと期待をかなり下回るという理由で減額請求をしていただくようエージェントにお願いしたことがあります。用語集に明記されているような指示を無視したりといったプロであればしていただきたくないミスもあったのですが、内部であがったクレームに「プロとは思えない《声》だった」というのがありました。確かに、声から判断するかぎり、緊張気味でした。他の方がよかっただけに、彼女の自信なさげなパフォーマンスにプラス要因はあまりなかった、といってもいいでしょう。

 楠瀬誠志郎・著「仕事ができる人は声が違う」を読むと、声の質によって印象が違ってくる、ということがよくわかります。極言すれば、声でコミュニケーション能力を判断されてしまっているのです。

 確かにスクールで教えていて、“怖い”先生としてイメージのある某プロ通訳者も、教室や講演での話はとてもいい感じなのですが、放送通訳の声を聞くと別人のようにしゃがれているだけではなく、時差通訳で原稿を用意していると思われるのにフレーズ単位で途切れ途切れの訳出しで、いまだに同一人物とは思えません。

 そのベテラン通訳者でなくとも、通訳者は緊張感と戦うのも仕事のうちですから、緊張感が声に出てしまうことには同情します。しかし、メッセージを伝えるのも仕事のうちですから、オーディエンスが聞きやすい声質に心がけるのも我々の職責であると言ってもいいでしょう。スタンドマイクを使う逐次通訳の時と、ウィスパリングやパナガイドを使うような場合と、完全に仕切られたブースに入る時では自然に声の使い方を切り替えていると、通訳者であれば誰でも思っているかと思いますが、しかし、通訳のアウトプットではなく声質はどうでしたか、と尋ねることはまず無いと言ってよいでしょう。

 同じ通訳者でも分かりやすい人とそうでない人がいる、というのは通訳者でもそうでない人にも知られた事実だと思います。パフォーマンスや能力的に差が付いている部分もあるかと思いますが、実は声で損しているだけ、という部分もあると思います。マイクを通すということは、声の一部だけが強調されているのだ、といった基本的な事実をふまえて同時通訳を行うなど、ヒントがいっぱいありますので、通訳者であれば読んでみたい本です。話し方のヒントとして参考になることも書かれています。

 仮にこの本を読まなくても、いい声しているな、と他人の声を意識するだけで自分の声が変わることもあるでしょう。スクールも最上レベルを終了。資料を読み込んで準備万端で現場入り。通訳パフォーメンスもいいし、着るものにも挨拶にも気遣いしているのにイマイチ評価が上がらない、といった通訳者がいたら、犯人は声かもしれません。

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2008年06月11日 04:58に投稿されたエントリーのページです。

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