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話し手の《価値》を伝える

 田村仁・著「売れるキャッチコピーの法則」を読んでいて、通訳業にも通じる部分がありました。商品キャッチコピーの分類ということで4種類があることを述べています。(p.111)

 1.お客さま価値を伝えようとしていないキャッチコピー
 2.お客さま価値の選択に疑問があるキャッチコピー
 3.お客さま価値を伝える言葉が「弱い」キャッチコピー
 4.お客さま価値を伝える言葉が「強い」キャッチコピー

 広告宣伝をする商品の魅力を伝えるコピーとは、それを使用するお客さまが享受する良さを伝えなくてはならないというのが田村氏の主張でありますが、通訳業界にも言えていることだらけだ、と思います。この本に出てくる大手広告代理店がしていることは大手通訳スクールやベテラン通訳者のしていることと共通しているなぁ、などとも思いました。

 さて、通訳者のパフォーマンスというか技量もキャッチコピーと同じような分類が可能かと思います。「お客さま価値」を話し手(スピーカー)が伝えようとしているメッセージやその本質、と置き換えるといいでしょう。

 プロ通訳者であれば2番のカテゴリーは論外な筈なのですが、通訳とは解釈が必要な技(わざ)ですので、こういうことは起こります。ただ、通訳者が資料を単に読むのではなく、行間やその場の空気などを読むことで改善できることは言うまでもありません。

 1番のカテゴリーは2番よりも罪深いとは思いますが、日本の通訳業界では一番広く蔓延している現象とも言えるでしょう。つまり、訳としては悪くはないし誤訳ではない。クライアントからコメントされたところで大丈夫な defensive な通訳。でも、そういう訳しかできない通訳者は往々にしてメタファーに弱かったり、英語はできるけど友達はできないタイプで関西弁を話す友達が一人もいなくて日本人スピーカーが関西人なだけで「あの人の日本語がわからない」と周囲がわからないような叫びを高い日当を貰って叫んでくれたりします。こういうタイプがスクールでは優等生だったりするのでしょう。

 3番と4番のカテゴリーは通訳者であれば誰でも犯したことがあるかと思います。元のメッセージに忠実に、言い切るところは言い切るなどすればいいのですが、自分のスキルや経験に自身がないと「ちょっと〜だったりします。はい」など余計な言葉を足してみたり、メッセージの内容が明確で、〜にしてください、と言ってるだけなのに「〜しなくてはならないんですね」と親の敵とここで会ったが百年目的な状況にいるヒットラーのような口調で訳してしまったり、発言内容の価値を捉えるスキルはしっかりしているのだけれど、言葉が足らなかったり強すぎたり、という人はいます。通訳者としてのキャリアのごく一段階だけでそうなる人もいれば、一生治らない病気のように抜けない人もいます。

 「意訳」という表現はあまり好きではありませんが、通訳がすべきことはその名の通り、通じるように言葉を置き換えることだと思うのです。駅が元々は馬を取り替える場所であったように、訳とは言葉を置き換える(取り替える)ことだと思いますし、通じるようにそうするからこを通訳だとも思うのです。

 しかし、通訳というのは、まず正確に訳すること、と訳のために訳すことに重点を置き過ぎている人達もいると思うのです。確かに正確さは必須です。言うまでもありません。でも、言葉や言葉の訳にとらわれ過ぎて、メタファーや冗談めいた発言や表現に込められた真意というかメッセージ発信者側の意図という名の【価値】を理解しようとしない通訳者もいます。それは通訳者が自分がサービス業であることを忘れてしまっているに等しいことではないかと思います。

 苦しい比喩かもしれませんが、芸者さんがいくら芸事に熱心だとはいえ、舞を正確に教えられた通りお座敷でしたところで、お客さんがどういう目的で利用しているなどといった、お金を払っている側の論理、すなわち【価値】をないがしろにしてしまったら、楽しいお座敷も楽しくなくなるようなものです。

 話し手の価値も大事ですが、通訳を聞く、あるいは通訳が必要な立場の人達の価値も重要です。通訳を聞く人達にとっても、通訳を聞く価値があるのです。単に通訳を聴いたほうがいいから、という人もいるのでしょうが、相手の真意=価値感を知るために通訳を聞く価値がある人がいたとして、仮に1番のような通訳が聞こえてきたらイライラするに違いありません。

 言葉としての訳も大切ですが、何より、発言の真意が伝わらない通訳というのは価値が無いと思うのです。いろいろな場面での通訳があるのですから、場合によっては価値など必要の無い、訳のための訳でもかまわないこともあるのでしょうが、事業統合やリストラなどシビアな場面では、真意や価値の伝わらない通訳は迷惑なだけですし、会食などの席では御法度と言ってもよいでしょう。

 通訳スクールは通訳技術は教えても、そういった価値観を教えてくれるところではありません。企業の立場から見ると、どうかと思うような通訳しかしない通訳者が少なくありませんが、しょうがないとも思いながらクレームをしないケースがほとんどだと思います。社内通訳者を経験していれば、こんなクレームは出る筈がない、と思えるようなこともあります。

 何浪もして司法試験に合格した社会人未経験者が問題になっていたように、通訳スクールでしか通訳してなくてフリーで通訳をしている人が忘れがちなのが、企業、クライアントといった使用者/発注者側の価値を尊重してお客さまに価値ある通訳業務を心がけるということ。新卒採用の面接で、大学生などがとっても「青い」ことを言ってて「わかってないよな」と思いつつも、意欲と可能性で内定を出すような感覚で、ひどいけど通訳がいないよりはいいからフリーの通訳者を呼ぶことも企業ではよくあることなのです。

 エラそうな事を言っていますが、社内通訳をしていても、外部のコンサルタントや監査法人との会議では、納得いくかたちで話し手の《価値》を伝えることは難しいのです。そういう時は不本意ではありますが、事前にプレゼン資料やらスピーチ原稿でももらわない限り無理、とあきらめるしかないのですが、いくらエキスパートとはいえ会計や財務は会社活動の一部。逃げてばかりではいけない、と思う今日この頃です。

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2008年06月03日 21:02に投稿されたエントリーのページです。

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