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酔拳通訳

 古い話で恐縮ですが、ジャッキー・チェン主演の映画に『ドランクモンキー 酔拳』という、酔うと強くなる若者の話がありますが、自分の通訳も似たようなものがあるのか、と思えることがあります。通訳の質が向上するわけではありません。ただ、酔ってても通訳はできるようです。【注:自慢話ではありません。むしろ反省すべき話として書きます。】

 最初に通訳業務を正式に始めた組織の先輩通訳者にリテンション能力が高い人がいました。会食の通訳に一緒に入って驚きました。「お話ししたいことが3つあります」という発言があると、メモ帳に点を3つ書いて終わり。逐次通訳ですから数分間の発言が終わってから訳すのですが、見事に英語に通訳してたのですから。

 衝撃的でした。その先輩通訳が酔っていたようなことはありませんが、堅苦しくない雰囲気とはいえ、きちんとした会食。すごいなぁ、としか表現できませんでした。

 ただ、通訳者にとってのメモ取りは、あくまで発言者(スピーカー)の発言内容を覚えるキッカケ(印)を残し、思い出すキッカケとなればよいものである、という目的なんだと、特に言われることなく教えてもらったような気はします。その組織に勤務していた期間、会食通訳の機会もたくさんありました。メモ帳は常に持参していましたが、堅苦しい話や契約交渉の話題にならない限り膝の上に乗せていることが多かったし、暗に食事の場でメモ取り(仕事)をあからさまにするな、と指示されたこともありました。そんな時、点(・)の一つも書けない時にやっていたのが、レストランなどの内装にバーチャルなマーキングを付けることでした。

 それから数年して、別の所でインハウスをしていた時のことです。部長付きでしたが、本社からアメリカ人の出張者が来日して、フリーの通訳者がいらっしゃいました。日中は別行動でしたがディナーでご一緒となりました。お疲れ様が目的のディナーでしたから私はメモ帳も持たずに行き、話をしながらフリーの方と交代で逐次通訳。私にとってはごくごく普通の業務でした。本社のトップが来日しないかぎり、ディナー通訳がメモなんか取らないでも誰も何も言わないような会社でした。

 業務終了後、そのフリーの方から「メモも取らないですごいですね。感心しました。」と言われて、外部の人の目にはそう映るのか、と思いつつも、「プロの人だから、社内通訳はひどいと思ってるに違いない」と根拠の無い卑下。当時の私の実力なんぞ、世間一般で通用するレベルではなく、あくまでその会社というコップの中でしか通用してないことは自覚していました。翌日「きのう一緒にいた通訳者(ひと)、○○(某大手スクール)の先生もしてる人だよ」と○○に通う同僚通訳者から言われ、余計にブルーになりました。

 こんな通訳者ですが、けっこう気が小さくて、会食での通訳を行う場合、小さいメモ帳をポケットにしのばせてはいる(男性の場合スーツジャケットという収納スペース付き衣装を着るのでこういう目的には便利)のですが、ほとんど使うことはありません。でも、傍から見ているときちんとアルコールも呑み、出されたものもきちんと食べながら通訳している姿は器用で大胆に見えるようでイメージとちっちゃい心臓のギャップは広がる一方です。

 先日、懇親会の席で急に通訳をすることになりました。誰も仕切っていない社内イベントで、当日、人前に出る通訳業務は複数の同僚にまかせて、自分はパナガイドの管理といった裏方にまわるつもりでしたし、実際に裏方業務を終えてからの懇親会参加でしたので、通訳が必要な役員が特に通訳を必要としない社員とばかり話をしているの見た瞬間、油断しまくってサンドウィッチや寿司をつまんでビールも呑んで顔真っ赤。早く中締めして移動したらいいのに、と思ったら”中締め“の挨拶。他の通訳者がいなくて指名され、仕方なく人前に…。

 メモ帳なんか持ってない!打合せもしてない!もちろん原稿も無い!でも、やるしかなくて通訳しました。目の前には社員ばかり。場所もバーチャル・マーキングができるような内装もなく、いや、そんなことしても酔っぱらっているんだから止めておこう、とトッサに判断。役員のメッセージは、目の前の社員から見えないように腰のあたりで指を折って対応しました。大胆そうでも気が弱いので折った指を広げながら逐次通訳し、酒の席でもありましたから、誤訳・超訳・意訳や付け足ししない範囲でワードチョイスやトーンで笑いを取りながらも重要なメッセージなので伝えることは伝えました。酔っていてもそういうことだけはシッカリ考えて判断してしまいます。

 その時も若い社員に「うまいですね」と言われましたが、本当にいいんだか、と悩みました。どんな時でも対応できるのが「プロ」と自分で言いつつも、社員としての仕事をしていて自分が管理できない状況で急に依頼もされていなかったとはいえ、あんなんでいいのか、と自問。社内的には問題でもなければ、むしろ好感を持たれるのですが、そんなんでいいのか。社員としてのキャラが受け入れられていればいいのが社内通訳者。でも…。

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コメント (2)

ミッキー:

上には上が、下には下がいるのですから自分が良しと思うスタイルを貫き、クライアントが満足すればよいのではないでしょうか?私も会食事の通訳はメモ取らないですよ。ワーキングランチの通訳では人の2倍食べながら通訳すると有名です。

私は紙が無い時は自分の掌にメモすることもありますよ。訳出することが目的であってメモはあくまでも手段。Photographic memoryを持っていればメモする必要もないでしょう。

スクールの先生だってすばらしいベテラン先生もいれば、卒業したてで講師になる人もいる。だいたいフリーで忙しくしているとスクール講師をしている暇はないというのが実情です。(出張や時間外業務などでスケジュールが不安定なため。)

できることはできる。できないことはできない。自分の力量を客観的に把握しつつ、あまり他人のことを気にせずに、自己ベストを尽くしたパフォーマンスのレベルが日々、向上するようになればよいのではないでしょうか。

自分は他の人よりも上手だと(勝手に)信じることでかろうじて続けられるような商売ですから、自己満足に浸れればそれでよいのですよ。

Yoshi:

ミッキーさん、いつもコメントありがとうございます。

偶然ですが、雑誌を整理していたら「週刊東洋経済」誌で昨年11月、2度に渡って佐藤優氏が指を折る記憶法と、グラフィックメモリー(行動やしぐさなどに発言を紐づけて映像化しての記憶法)について書かれていました。状況も目的も全く異なる分野の方ですが。

前に勤めていた会社で後任者となった女性もプロになってかなり少ない年数で某大手スクールの先生してました。(少なくとも去年までは。)スクールの勉強にはすごく熱心に取り組んでられるようで真面目な方なのですが、女性で毎日化粧のために鏡で自分の顔を見ていたとは思うのですが、鼻毛がびろーんと伸びてはみ出てても平気な人だったので、そのスクールのパンフレットでその人の写真を見たときはバカボンのパパになってないか思わずチェックしてしまいました。どうして「鼻毛出てますよ」って言いにくいんでしょうね。知人は、言えなかったら紙に書いて渡せばいい、とアドバイスしてくれましたが、それでも…。

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2008年04月06日 22:29に投稿されたエントリーのページです。

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